白い布

神奈川県 会社員 高橋 亮太(31)(仮名)

これは、今から10年ほど前の話です。

当時、学生だった私は、高い時給に惹かれ、葬儀場でアルバイトをしていました。

葬儀場のバイトと言っても、私の仕事は机や椅子の用意など、主に会場のセッティングだけでしたので、直接ご遺体を見たり、関わったりすることはありませんでした。

その日、最後の式が終わり、片付けを済ませた後、帰路についたのは夜10時を回った頃でした。

家に着き、台所へ向かうと、テーブルの上に、母が用意してくれた夕飯が置かれていました。

夕飯をレンジで温め、冷蔵庫から飲み物を出そうとした時、疲れていたこともあり、うっかり惣菜の入った入れ物を落として、中身を床にぶちまけてしまいました。

「うわ〜。やっちゃったよ・・・」

がっかりしながら、飛び散った惣菜をティッシュで集めていると、冷蔵庫の下に、何やら白っぽい物が落ちているのが見えました。

掃除用のハンディーモップを使って、それを冷蔵庫の下から引っ張り出してみると、予想に反してキレイで真っ白な、ハンカチより一回り大きな正方形の布でした。

「どうせこんな所に落ちている布だから、きっと雑巾だろう」

面倒臭さも手伝って、勝手にそう判断した私は、その布を使って惣菜で汚れた床を拭き、洗もせずにそのままゴミ箱へ捨ててしまいました。

その後、食事と入浴を済ませ、部屋のベッドに倒れ込んだ私は、すぐに眠りに落ちました。

どのくらい眠っていたでしょうか。

なんとなく目が覚めた私は、時間を確認しようと目を開けたのですが、顔の上に布のようなものが被さっていることに気が付きました。

「ん? 布団かな?」

そう思いながら顔の上に手をやって確認すると、それは1枚の布でした。

「これ!? 冷蔵庫の下にあった白い布だ!!」

そう思った私は、何だか急に怖くなって、顔の上の布を取って部屋の床に投げ捨てました。

薄暗い部屋の中央にパサッと落ちた布は、ぼんやりと白く光って見えます。

「何だよ・・・これ・・・夢か?」

私は何だかものすごく嫌な予感がして、じっとその布を見つめていました。

すると、その布が、床の中から何かに押し上げられるように、少しずつ浮き上がって行きました。

ゆっくりと浮き上がっていく布を押し上げているのは、人の、髪の長い女の顔でした。

真上を向いたその女は、白い布を顔に乗せ、真っ直ぐな姿勢のまま、少しずつズルズルと床から出てきました。

顔、首、肩、胸、腹、腰、足・・・

着ているのは真っ白な死装束です。

その女は、布を乗せたままの顔をゆっくりと傾けながら、ベッドの上の私の方へ向けました。

部屋の出口は、その女の向こう側です。

私は逃げようにも逃げられず、その場でじっと、布で覆われた女の顔を見ているしかありませんでした。

その時、女の顔を覆っている布がふわっとめくれ、真っ赤な口紅をひいた口元が、薄ら笑いを浮かべながら、動くのが見えました。

「…キョウ…ヤカレタノ…」

情けない話ですが、その瞬間、私は気が遠くなり、気付いたときには朝になっていました。

部屋の中を探しても、あの白い布はどこにもありませんでしたが、あの女のかすれた声は、今でも鮮明に耳に残っています。

不思議なことに、昨日惣菜を片付ける時に雑巾代わりにしたはずの布も、ゴミ箱から消えて無くなっていました。

翌週、バイトの時に先輩から聞いた話ですが、私が見た白い布は、「顔かけ」や「打ち覆い(うちおおい)」と呼ばれる、死んだ人の顔にかける布ではないか、ということでした。

時給が良かったので、しばらくそのバイトも続けましたが、そんな経験は、その1回だけでした。

それにしても、彼女は一体誰だったのか。なぜ私に、あれを伝えたかったのか。

今でも全く理由が分かりません。