影踏み

神奈川県 アルバイト 大前 慎吾(25)(仮名)

昨年の秋のことです。

その頃、俺は交通警備のアルバイトをしていました。

工事中の道路で赤い棒ライトを振って、歩行者を誘導する仕事です。

天候に左右される仕事ですが、休憩も多く、楽な仕事なので、週6で働いていました。

その日は朝から夕方までのシフトで、連日の雨も上がり、気持ちの良い青空が広がっていました。

昼前、休憩の順番が来たので、現場から道路を挟んで反対側の公園のベンチに座り、早めの昼食を取っていました。

何気なく現場の方を見ていると、現場の少し先の歩道で、子供がピョンピョンと飛び跳ねて遊んでいるのが見えました。

よく見ると、通る人達の影を踏んで遊んでいます。

「影踏みか・・・ 昔、友達と遊んだな・・・」

時に片足で、時に両足で。

歩く人の影から自分の足が出ないように、チョコチョコと影の中を歩いていたかと思うと、すれ違う人の影の上にピョンっと飛び移ったり、両足でドスドス踏みつけてみたり・・・

初めは微笑ましく見えたその光景でしたが、しばらく見ていた俺は、次第にちょっとした違和感を感じ始めていました。

昼前でしたので、影はそれほど長くはありません。

遠慮なく人の近くでピョンピョン、ドスドス遊んでいる男の子は、影を踏まれる人たちに、そのうち嫌な顔の一つもされるのではないかと心配しましたが、通る人たちは理解がある人らしく、そんなことは全く意に介さず、皆早足で通り過ぎて行きます。

まるで男の子が見えていないかのようでした。

それに、天気が良いとは言え、季節は秋も深まり、冬の一歩手前です。

薄手のシャツに黒っぽい半ズボン、ビーチサンダルのような履物を履いている、その子の季節感のない服装にも、言い知れぬ引っかかりのようなものを感じました。

そうして5分か10分か、ぼんやりとその光景を見ていた時です。

初老の男性が、男の子の前を通り過ぎて行きました。

すると男の子は、その男性の影に、両足でピョンッ!と飛び乗りました。

その時、その男性の影は、男の子に踏まれたその場所で、まるで地面に貼ったシールのようにそこに留まり、男性は自分の影を引きちぎるように置き去りにしたまま歩いて行ったのです!!

「えーっ!! マジか!!」

俺は目を凝らし、何事もなかったかのように歩いて行く影のない男性と、男の子の足元に張り付いたままの影とを交互に何度も確認しましたが、見間違いではありませんでした。

男性の影を踏んで奪った男の子は、満足げにニヤニヤ笑いながら、歩き去る男性の背中を見ています。

すると次の瞬間、初老の男性がちょうど工事現場を過ぎたあたりで立ち止まると、胸に手を当て、急に苦しみ出してその場にうずくまり、倒れ込んだのです。

俺は慌てて工事現場に戻り、救急車を呼び、口から泡を吹いて意識のない男性が、救急隊員に運ばれて行くのを見守りました。

その後、ふと我に返った俺は、すぐに男の子を探しましたが、いくら周りを見回しても、置き去りにされた男性の影と一緒に消えていました。

それから2週間ほど経った頃です。

ずっと工事が続いていたその現場も、その日が最終日でした。

この2週間で季節が一気に進み、その日の現場は厚い上着を着ていても、寒さが隙間から入り込んでくるような、とても寒い日でした。

休憩時間になり、缶コーヒーで両手を温めながら、現場の向かいの公園のベンチで昼食を取っている時、またあの男の子が目に入りました。

前に見た時と同じ季節感のない服装で、影踏みをして遊んでいます。

その時です。

俺はその男の子が、この世のものではない確証を得ました。

「あれ? あの子、影が・・・ 無い!」

そう思った次の瞬間、年配の女性が、歩道を自転車で走って来ました。

それを見た俺は、何だかとても嫌な予感がしました。

案の定、男の子は歩いて行く人たちの影を軽々と飛び渡りながら、狙いすましたように自転車に乗って走ってきた年配の女性の影の上に飛び乗ると、女性の影は自転車の影と一緒に、男の子の足元でその場に張り付きました。

すると突然、影を踏み取られた女性はバランスを崩し、自転車ごと車道側に投げ出され、後ろから来たトラックに轢かれました。

車体を前後に大きく揺らしながら停車したトラックと後続車の急ブレーキの音。

周りの人の悲鳴と怒号。

その時の様子は俺のトラウマになり、今でも時々夢に出て来ます。

ちなみにあの男の子はと言うと、トラックが走り抜けたその場所から、踏み取った女性の影もろとも消えていました。

今考えるとあの男の子は・・・ もしかして、死神だったんじゃないでしょうか?