静岡県 フリーター 宇梶 佑美(21)(仮名)
その日の夕方、私はいつものように、バイト終わりに家の近所の公園のベンチでくつろいでいました。
天気が良く、暑くも寒くもなく快適なこの時期に、夕方から暗くなるまで、スマホで漫画を読みながらゆっくり過ごすのが、私にとって至福のルーティンでした。
まだ明るい時間帯に子供たちがはしゃぎ回る、賑やかな雰囲気も好きですが、ちょうど夕食の時間帯になり、少しずつ人が減って行き、日が傾くにつれて次第に静かになっていく雰囲気が、私の一番のお気に入りでした。
その日、最後まで公園の中にいたのは、私と1組の親子だけでした。
母親と、姉弟と思われる、幼稚園から小学生くらいの子供が3人。
拙いフォームで投げたボールを取りに走って、取ってはまたボールを投げる。
それを繰り返しながら、楽しげに遊んでいます。
その姉弟の中で目を引いたのは、一番背の高い、小学校4、5年生くらいの女の子でした。
女の子は足が不自由なのか、くにゃくにゃとした不思議な足取りで、機敏に走り回る弟たちに追い付こうと、懸命に走っていました。
左右に大きく体を揺らしながら、不自由そうにくにゃくにゃと走るその女の子に、いつしか釘付けになっていた私は、失礼な自分の視線を振り解き、スマホの漫画に目を移しました。
しばらく漫画を読みふけっていると、視界の先からボールが転がって来ました。
同じ体勢を維持したまま、視界の中にボールを捉えると、さっきの女の子がくにゃくにゃとこちらに向かって、近付いて来るのを感じました。
転がって来たボールに気付かないフリをしたまま、視界の上にその女の子を感じていると、やっと追いついたその子は、両手で懸命にボールを拾おうとしますが、手も不自由な様で、なかなか拾えません。
「ボール、拾って渡してあげた方が良いのかな・・・?」
そう思った次の瞬間、後ろから走って来た弟が、そのまま女の子の身体をスーッとすり抜けて、ボールを拾って投げたのです!
「えっ!」
私は視力があまり良くない上に、視界の隅で見えた事なので、見間違いかも知れません。
とはいえ、予想もしなかった展開に、私は思わず視線を上げ、その女の子の顔を見てしまいました。
すると、私と目が合った女の子は、口元にニヤッと笑みを浮かべたのですが、その子の表情に、何か得体の知れない違和感を覚え、私は思わずゾッとしました。
慌てて目を逸らし、手元のスマホを見るフリをしていると、少しずつその女の子が、私の方へ向かって近付いて来るのを感じました。
「ヤダァ・・・ 来ないで・・・」
私の願いも虚しく、スマホを見続けるフリをする私のすぐそばまで近付いてきた女の子の足元を見ると、靴の履き方がおかしい様に見えました。
私は目が悪い事に加え、その時はすでに薄暗くなってたので、何がおかしいのかが具体的には分かりませんでしたが、とにかく違和感だけは感じました。
女の子の立ち位置から察するに、彼女は完全に私に興味を持ち、今にも話しかけて来そうな雰囲気です。
その時、さっきまで遊んでいた母親と兄弟が、公園の中にいないことに気付きました。
「この子にそのことを言えば、きっと慌てて帰るはず」
そう思った私は、その事を視界の隅で見ていた女の子に伝えるため、思い切って顔を上げ、女の子を初めて至近距離で見た時、今まで感じていた違和感の理由を知ることになりました。
ショートカットの髪の毛から覗く耳は裏側がこちらを向き、左右逆に付いています。
そこでハッと気付いたのですが、靴の履き方が左右反対なのではなく、足そのものが左右逆で、つま先が後ろを向いていたのです。
その子の表情に覚えた得体の知れない違和感の理由は、たぶん目が左右逆になっているからです。
「こ・・・ この子・・・ ナニ?」
間違いなく、生きている人ではありません。
私が恐怖で固まっていると、女の子はまるで、小さな子供が靴の左右が正しいかを尋ねる様に、
「ねぇ、おねぇちゃん。 これ、合ってる? ねぇ、合ってる?」
と言いながら、小指が外側を向いた両手の手のひらを前に突き出して、私に見せてきたのです。
私はもう、一目散にその場から家まで、走って逃げ帰りました。
今度もし、もう一度あの女の子に出会ったら、一言、言ってやろうと思います。