神奈川県にお住まいの男性会社員Rさんが、学生だった時のトラウマ級の恐怖体験談です。
これは、今から10年ほど前の話です。
当時、学生だった私は、高い時給に惹かれ、葬儀場でアルバイトをしていました。
葬儀場のバイトと言っても、私の仕事は机や椅子の用意など、主に会場のセッティングだけでしたので、直接ご遺体を見たり、関わったりすることはありませんでした。
その日、最後の式が終わり、片付けを済ませた後、帰路についたのは夜10時を回った頃でした。
家に着き、台所へ向かうと、テーブルの上に、母が用意してくれた夕飯が置かれていました。
夕飯をレンジで温め、冷蔵庫から飲み物を出そうとした時、疲れていたこともあり、うっかり惣菜の入った入れ物を落として、中身を床にぶちまけてしまいました。
「うわ〜。やっちゃったよ・・・」
がっかりしながら、飛び散った惣菜をティッシュで集めていると、冷蔵庫の下に、何やら白っぽい物が落ちているのが見えました。
掃除用のハンディーモップを使って、それを冷蔵庫の下から引っ張り出してみると、予想に反してキレイで真っ白な、ハンカチより一回り大きな正方形の布が出てきました。
「どうせこんな所に落ちている布だから、きっと雑巾だろう」
面倒臭さも手伝って、勝手にそう判断した私は、その布を使って惣菜で汚れた床を拭き、洗いもせずにそのままゴミ箱へ捨ててしまいました。
その後、食事と入浴を済ませ、部屋のベッドに倒れ込んだ私は、すぐに眠りに落ちました。
どのくらい眠っていたでしょうか。
なんとなく目が覚めた私は、時間を確認しようと目を開けたのですが、顔の上に布のようなものが被さっていることに気が付きました。
「ん? 布団かな?」
そう思いながら顔の上に手をやって確認すると、それは1枚の布でした。
「これ!? 冷蔵庫の下にあった白い布だ!!」
そう思った私は、何だか急に怖くなって、顔の上の布を取って部屋の床に投げ捨てました。
薄暗い部屋の中央にパサッと落ちた布は、ぼんやりと白く光って見えます。
「何だよ・・・これ・・・夢か?」
私は何だかものすごく嫌な予感がして、じっとその布を見つめていました。
すると、その布が、床の下から何かに押し上げられるように、少しずつ浮き上がって行きました。
ゆっくりと浮き上がっていく布を押し上げているのは、人の、髪の長い女の顔でした。
真上を向いたその女は、白い布を顔に乗せ、真っ直ぐな姿勢のまま、少しずつズルズルと床からせり上がって出てきました。
顔、首、肩、胸、腹、腰、足・・・
着ているのは真っ白な死装束です。
その女は、顔の上に白い布を乗せたまま、その顔をゆっくりと傾け、ベッドの上の私の方へ向けました。
部屋の出口は、その女の向こう側です。
私は逃げようにも逃げられず、その場でじっと、布で覆われた女の顔を見ているしかありませんでした。
その時、女の顔を覆っている布がふわっとめくれ、真っ赤な口紅をひいた口元が、薄ら笑いを浮かべながら、動くのが見えました。
「…キョウ…ヤカレタノ…」
情けない話ですが、その瞬間、私は気が遠くなり、気付いたときには朝になっていました。
部屋の中を探しても、あの白い布はどこにもありませんでしたが、あの女のかすれた声は、今でも鮮明に耳に残っています。
不思議なことに、昨日惣菜を片付ける時に雑巾代わりにしたはずの布も、ゴミ箱から消えて無くなっていました。
翌週、バイトの時に先輩から聞いた話ですが、私が見た白い布は、「顔かけ」や「打ち覆い(うちおおい)」と呼ばれる、死んだ人の顔にかける布ではないか、ということでした。
時給が良かったので、しばらくそのバイトも続けましたが、そんな経験は、その1回だけでした。
それにしても、彼女は一体誰だったのか。なぜ私に、あの言葉を伝えたかったのか。
今でも全く理由が分かりません。