栃木県 木下海斗さん(30代・会社経営)が体験した不思議な話
自分で言うのも何ですが、私は昔から手先が器用で、要領も良く、何でも上手くこなすタイプでした。
その上、頼まれごとを断れない性格でして……これがまあ、厄介なんです。
以前勤めていた会社では、そういう人間はとにかく都合よく使われました。同僚の尻拭い、名ばかりのサービス残業。心身ともにすり減っていって、三十歳を過ぎたある日、私はとうとう会社を辞めました。
退職までの勢いだけは良かったんですが、当時は就職氷河期。しかも中途半端な秋口です。条件のいい再就職先なんて、そう簡単には見つかりません。
資格もない。学歴もない。手に職もない。
あるのは、人より少し器用なことと、妙な正義感だけ。
悩んだ末に始めたのが、便利屋でした。
開業資金は失業保険と少しの退職金だけ。まず手始めにと、自宅のパソコンとプリンターで、素人丸出しのチラシを作りました。
「便利屋 キヨッピーです! お困りごとがございましたら、何でもご相談ください! お見積もり&ご相談は無料です! どんなことでもお気軽にご相談ください!」
横には、ヘンテコな手描きの猫。キャラクターと呼べるような代物ではありません。
たあ、その猫のおかげか、二週間ほどで依頼の電話が来るようになりました。粗大ゴミ、庭掃除、部屋の片付け――ほとんどが体力仕事でしたが、思ったより順調に回っていって、開業から三年、株式会社にするところまで来ました。
ただ、その頃の私は、少し調子に乗っていたんだと思います。
面倒な依頼が続いたこともあり、チラシの文言を変えたんです。
「なんでも」「どんなことでも」「お気軽に」
そういう言葉を、消しました。
そして、忘れもしません。開業三年目のクリスマス・イブでした。
三十を過ぎた男が、独りでクリスマス・イブにチラシを配って歩く。
これがなかなか、精神的にくるものがあります。
その夜、疲れた体を引きずるようにして家に帰った私は、ビールを二本空けて早めに布団に入りました。
すぐに深い眠りに落ちたのですが、すぐに突然の着信音で飛び起きました。
時計を見ると、夜の11時40分。
知らない番号でした。
「こんな時間に……客か?」
布団にくるまったまま、電話に出ました。
「お電話ありがとうございます。便利屋キヨッピーで――」
言い終わらないうちに、ものすごい硫黄臭がしたんです。腐った卵のような臭い。思わず咳き込んで、慌てて飲み込んで、言い直しました。
「失礼しました。便利屋キヨッピーです」
けれど、返ってきたのは――
「シーーーー……」
という雑音だけでした。
「もしもし? 便利屋キヨッピーですが」
すると。
「……アヤマリタイノ……」
若い女性の声でした。
「アヤマリタイ……ゴメンナサイ……オネガイ……テツダッテ……」
その声はまるで、チューニングの合っていないラジオのような、掠れた声でした。
泣いているようにも聞こえます。
最初は酔っ払いか、外国人かとも思いました。
「ご依頼ですか? 誰かに謝罪したい、ということでしょうか」
「とりあえず、お名前とご住所をお願いします」
不思議なもので、その女性はちゃんと受け答えをしてくれるんです。声は弱々しいのに、会話自体はきちんと成立している。
しばらく事務的なやり取りが続いて、電話は切れました。
通話が切れた瞬間――
あの強烈な臭いが、ふっと消えていました。
翌朝、自宅兼事務所のポストに、白い封筒が入っていました。
差出人なし。住所なし。切手すら貼っていません。
「昨日の夜、直接ここに来たのか? そもそも、なんで自分で手紙を送らないんだ?」
今思えば、おかしな点だらけでした。でも私はそういう性格です。
引き受けた以上、最後までやる。
その日の午後、私は依頼された手紙を持って、スーツ姿で指定先へ向かいました。久しぶりのネクタイに、少し気分が上がっていたのを覚えています。
駅から近く、電車とタクシーですぐ着きました。閑静な住宅街の、大きな一軒家でした。
門扉の前で、依頼された言葉を何度も頭の中で復唱していると――
門の脇で植木鉢に水をやっている、年配の女性に気づきました。
(マズい……セリフの練習、聞かれたか?)
恐る恐る、声をかけました。
「ごめんください。T様でございますか」
女性は少し驚いた顔をしてから、上品な口調で答えました。
「はい。左様でございますが」
私は昨夜の依頼内容を説明し、言われた通りの謝罪の言葉を伝えました。
すると女性は、突然、大粒の涙をこぼしたんです。
何度も頷きながら、最後まで静かに聞いていました。
「それでは、依頼主様からのお手紙です」
封筒を渡すと、女性は深く頭を下げ、その場で封を開けました。読み始めると、鼻と口元を押さえたまま、しばらく泣き続けていました。
しばらくして、女性は言いました。
「どうぞ、お茶でも」
帰るタイミングを失っていた私は、お言葉に甘えることにしました。
通されたリビングは、まるで別世界でした。
身体が沈み込むほど柔らかいソファ。上品なお香の香り。
そして私は、気づいてしまいました。
真正面のモダンな仏壇に、位牌と二枚の写真が置かれている。おそらくご主人と、その隣に、若い女性の写真。
慌てて視線を逸らしました。
お茶を持って戻ってきた女性が、静かに言いました。
「昨日ね……あなたにお仕事をお願いしたのは……あの子なんですよ」
その時、初めて分かったんです。わざわざ私を、仏壇の真正面へ座らせた意味に。
それから、女性は少しずつ話してくれました。
二年前、一人娘が両親の反対を押し切って、男と駆け落ちしたこと。
同棲して結婚したものの、半年ほどで男が突然いなくなったこと。
その半年後、娘さんは住んでいたアパートで、浴室に目張りをして、硫化水素自殺をしたこと。
亡くなった時刻は、ちょうど一年前のクリスマス・イブ、夜11時40分。
私の携帯が鳴った時間と、まったく同じでした。
自殺が原因で借り手がつかなくなり、そのアパートは取り壊しが決まっていたこと。
そして最後に――
私が届けたあの手紙は、謝罪文などではなく、未発見だった遺書だったこと。
聞き終わった瞬間、私の中で、すべてが繋がりました。
それは、私が独立して二年目のクリスマス・イブでした。私はひときわ古びたアパートを見つけて、集合ポストがなかったので、各部屋のドアポストへ直接チラシを入れて回ったんです。
あの、ヘンテコな猫のチラシを。
私がチラシを投函した数時間後。まさにその部屋で、その女性は命を絶っていたのでした。
もし――
死を覚悟しながらも、最後まで彼からの連絡を待っていたその女性が、クリスマス・イブの夜、ポストの「パタン」という音に、一縷の望みを託していたとしたら。
そして開けた先に入っていたものが、
「お困りごとがございましたら、何でもご相談ください!」
「どんなことでもお気軽にご相談ください!」
そんな、私のチラシだったとしたら。
私は、とても罪なことをしてしまったのかもしれない。
そう思った瞬間、胸がいっぱいになって、気づけば自然に涙が出ていました。
帰り際、女性が優しく言いました。
「ところで、お代はいくらかしら」
私は戸惑って、「いや……でも……」としか言えませんでした。
すると女性は微笑んで、
「いいのよ。あなたは娘のお願いを、ちゃんと最後まで聞いてくれたんだもの。それに、あの子には切手を買うお金も無いんですから」
私は代金をいただき、その家を後にしました。
数日後、私は女性が亡くなったアパートへ向かいました。すでに解体工事用のテントが張られていました。
花束を持って、女性の部屋へ入りました。
部屋は綺麗に清掃されーー何もないはずでしたーー
でも。
キッチンの隅に、ポツンと置かれていたんです。
あの、ヘンテコな猫のチラシが。
あの女性は、このチラシを見て、私に電話をしてくれたんだと。そう確信しました。
浴室の前に花束を置き、私は静かに手を合わせました。
その後、私はチラシのデザインを、開業当初の文言に戻しました。
「なんでも」「どんなことでも」「お気軽に」
その言葉こそが、私自身だったんだと、気づかされたからです。
ちなみに、あのアパートのキッチンで見つけた、ヘンテコな猫のチラシは、今でも大切に保管しています。


