沖縄県 大城優子さん(20代・無職)の恐怖体験談
この話をあまり詳しく話すと、話した人はもちろん、聞いた人にも障(さわ)りがあると言われています。 だから、ざっくりとお話しします。 これは、私が育った小さな島で、本当にあった出来事です。
私が通っていた島の小中学校は、全校生徒を合わせても15名ほどの、小さくてのどかな学校でした。
当時、私と同学年の子は6人。他の学年に比べると、多いほうでした。
中学3年生になる少し前、女子のAさんが一人、内地へ引っ越して行きました。残った同級生は、男子が4人と女子は私1人。全部で5人になりました。
みんなとても仲が良くて、まるで家族か兄弟のような存在でした。
中学校生活も残り1ヶ月ちょっとに迫った、ある日のことです。
同級生の男子たちが、何やらヒソヒソと密談していました。
私もその輪に入って話を聞くと、中学校を卒業するにあたって、何か思い出に残ることをしよう、という話でした。
そこで挙がったのが――
「みんなで御嶽(うたき)に行ってみよう」
という提案だったんです。
「御嶽(うたき)」とは、そこで祭祀などを行い、限られた日に、限られた人だけが特別に入ることを許される、とても神聖な場所です。普通の島民は、絶対に入ってはいけないところでした。
生活道路から生い茂る草木をかき分け、獣道を数分歩いた先にある、3畳ほどの小さな洞窟だという噂でしたが、ほとんどの島民は見たことがありません。
私も小さい頃から、両親に絶対にそこへ入ってはいけないと、きつく言われて育ちました。
その提案に、私はあまり気乗りがしませんでした。でも、「最後の思い出」という言葉に断りきれず、その日の夜に待ち合わせることになったんです。
夕飯の後、そっと家を出ようとしました。玄関で音を立てないように靴を履いていたときです。
背中に、強烈な視線を感じました。
恐る恐る振り向くと――
廊下の向こうから、祖母が私のことを、じっと睨みつけていました。
祖母は「ユタ」と呼ばれる霊能者です。
私がどこへ行って、何をするつもりなのか、見透かしていたのかもしれません。
祖母は、何も言いませんでした。ただ、私が出て行こうとするのを、強烈な無言の威圧感で制止したんです。
その日、私は結局、家を出ることができませんでした。
翌日、学校に行くと、私は昨晩待ち合わせの場所に行けなかったことを、男子たちに謝りました。そして、御嶽がどうだったのか、話を聞きました。
結局、待ち合わせの場所まで来た男子4人で、御嶽の中まで入ったそうです。
でも、みんなどうも様子が変で、そのときのことは、ほとんど話してくれませんでした。
それから月日が流れ、中学校を卒業すると、みんな進学で島を出て、それぞれの道へと進んでいきました。
私たちの島では、4年に一度、オリンピックの年に「大会」と呼ばれる同窓会が、島をあげて行われます。
「大会」は卒業年度に関係なく、同じ小中学校を卒業した人が集まる催しです。上はオジィ、オバァから、下は私のように卒業したばかりの若者まで、大勢が集まります。
久しぶりにみんなに会えるのを楽しみに、1年ぶりに島へ帰りました。
でも、私と同い年の卒業生は、転校したAさんと、私の2人だけだったんです。
ちょうど、仲の良かった2学年上の先輩が来ていました。私は、同級生の男子たちのことを聞いてみました。
その答えに、私は愕然としました。
4人とも、卒業後すぐに、病気や事故で、亡くなっていたんです。
その言葉に、私とAさんは一言も発することができませんでした。ただ、呆然と立ち尽くすだけでした。
その後、私は高校を卒業し、祖母の後を継いで、ユタになる修行をしています。
ユタになれば、年に1度、御嶽に入ることが許されます。
そうなれば――
彼らが亡くなった理由が、分かる日が来るかもしれません。


