兵庫県 伊豆川由紀さん(10代・短大生)の恐怖体験談
私が高校生の時にバイトしていたレストランには、ちょっと変わった決まりごとがありました。
誰も座らせてはいけない席が、ひとつあったんです。
入り口を入って、一番右奥。四人がけの、11番テーブル。
そこには、毎週水曜日の夕方3時頃になると、誰もいないはずなのに、コードレスチャイムが鳴るんです。
ピンポン、って。
鳴ったら、バイトも社員さんも、みんな当たり前みたいにグラスの水を一杯持っていく。それがこのお店の「しきたり」でした。
もし持っていかないと――最初は10分おきくらいの間隔で鳴るんですけど、放っておくとだんだん早くなって、30分もすると「ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!ピンポン!」って、連続で鳴りっぱなしになるらしいんです。
だから、みんな一回目のチャイムで、できるだけすぐ持っていくようにしていました。
この話を聞いたの、バイト初日だったんですよね。 正直、ちょっと気持ち悪いなとは思いました。
でもそれ以外は明るくて楽しい職場だったし、私自身、何か怖い目にあったわけでも、被害を受けたわけでもなかったので、まぁそういうものかと、あまり気にしないようにしていました。
このしきたり、今の店長さんですら、いわくも、いつから始まったのかも知らないそうです。
ただ、店長さんからはこれだけ、きつく口止めされていました。
「この話、面白がって友達に話したり、SNSに上げたりしちゃ、絶対ダメだからね」
理由も聞かされました。
以前、この忠告を無視したバイトの男の子が事故に遭って、大ケガをしたそうです。 その子は慌てて、SNSに上げていた記事を削除したとか。
「まぁ、客商売だし、たぶん口止めのための脅しだろうな」
そう思いつつも、なんとなく怖くて、私はこの話を誰かにしたことは、今まで一度もありませんでした。
(今回のこのお話は、お店の場所や名前は伏せてお話ししているので、大丈夫だと思います。……たぶん)
普段、11番テーブルにお客さんを通すことは、ほとんどありません。
でも、どうしても混んでいる時は、仕方なくご案内することもあって。
すると決まって、水曜の3時以降にそこへ座ったお客さんは、居心地悪そうな顔をするんです。 注文したものを食べ終わると、逃げるみたいにサッと会計を済ませて帰っていく。
中には、しばらく待っていただいた末に11番テーブルへご案内したのに、
「この席は無理だ」
その一言だけ残して、帰ってしまうお客さんもいました。
私は「見えない派」なので、正直、何が起きているのかさっぱりわからないんです。
でも、以前一緒にバイトしていた女の子は、そういうのが「見える派」だったらしくて。
その子が話してくれたことがあります。
バイトが終わった夜9時頃、信号を渡って反対車線側から、何気なく店内の11番テーブルに目をやったら――
髪の長い、きれいな女の人が座っていたそうです。
置かれたグラスの水を、じっと見つめながら。 なんだか、寂しそうに。
それが11番テーブルの居心地の悪さと関係あるのかはわかりません。 でも、あの席が「お客さんが居着かない席」であることだけは、間違いありませんでした。
そんなある水曜日、5時頃のことです。
見るからに面倒そうな、ガラの悪い男女4人組が入店してきました。
その日は少し混んでいて、しばらく待合席で待っていただいてから、私は彼らを12番テーブルへご案内しました。
「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのベルを押して……」
言い終わる前に、かぶせるように、
「ドリンクバー4つ」
もうそのとき、2人はドリンクバーに向かって歩き出していました。
……正直、こういうタイプのお客さん、私、結構苦手でした。
しばらくして、その仲間らしき別の4人組が入ってきました。 先に座っていたグループがそれに気づいて、勝手に、隣の11番テーブルへ誘導してしまったんです。
そこへ接客に向かった私に、12番テーブルのお客さんが言いました。
「おねーさーん、この席、さっきからずっと水置いてあるだけだし。誰もいないからいいよねぇ」
身勝手だな、と少しイラッとしました。 でも、まぁ、バレたものは仕方ない。
私は「しきたり」のグラスを片付けて、厨房に戻りました。
「どうしましょう。あの人たち、勝手に11番に座っちゃいましたけど……」
居合わせた社員さんに、そう伝えたんです。
心配する私をよそに、その社員さんは、ニヤッと笑ってこう言いました。
「いいじゃない。自分たちで選んで座ったんだから」
それから、間もなくでした。
さっきまで威勢のよかったあのお客さんの表情が、見る見る暗くなっていくんです。
持ってきた飲み物も、グラスの半分以上を残したまま。
入店から、わずか5分ほど。
居心地悪そうに、そそくさと帰り支度を始めました。
12番テーブルの仲間まで、半ば強引に引き連れて。 会計を済ませると、
「気持ちわりぃ店だ……」
ブツブツ文句を言いながら、逃げるように店を出ていきました。
「あんなガサツそうな人でも、何か感じるのかな」
私は、なんだか「勝った」ような気分になったのを覚えています。
それに味を占めた私たちは、それからというもの――
「あ、この客、ちょっと嫌だな」
そう思ったときには、水曜の3時以降限定で、11番テーブルにご案内するようになりました。


