新潟県 木原伸幸さん(20代・会社員)の恐怖体験談
7泊8日の免許合宿で、私は毎晩同じ夢を見ました。
そして、毎朝、右手には同じものが握られていたんです。
高校を卒業して、県内の運送会社に就職して、2年ちょっと経った頃のことです。
会社の業務命令で、中型車の免許を、隣県の合宿コースで取りに行くことになりました。
日程は7泊8日。
ちょっとした旅行気分で、しかも会社の経費で行けるなんて。
正直、この会社に就職して良かったと、心から思っていました。
出発の朝、上司に挨拶を済ませ、電車とバスを乗り継いで、合宿所へ向かいました。
昼過ぎに着いた合宿所は、想像していたよりずっと立派で、ちょっとしたホテルのような雰囲気でした。
すぐに入所手続きを済ませて荷物を預けると、その日のうちに学科教習が始まり、夕方には実車教習になりました。
6トンの教習車は、それまで助手席から見ていた感覚とはまるで違って、とても大きく感じました。 ハンドルを握る手にも、自然と力が入ります。
初日のスケジュールはあっという間に終わり、食事と入浴を済ませて、そこで初めて自分の部屋に案内されました。
4畳ほどのこじんまりした個室。 左手にベッド、反対側に小さな机と椅子、その奥に折りたたみ式の扉のついたクローゼット。
狭いながらも清潔な部屋で、快適な合宿生活が送れそうだと、少し安心したのを覚えています。
ベッドにドスンと横になると、疲れていたのか、その日は早めに眠りに落ちました。
どれくらい時間が経ったでしょうか。
ふと目が覚めると、つけっぱなしだったはずの電気が消えていて、部屋は真っ暗でした。
頭だけ起こして室内を見ると、クローゼットの隙間から、薄っすらと光が漏れています。
「クローゼットの中にも電気がつくのか?」
漏れる明かりをぼんやり見ていると、クローゼットの中で、影のようなものがスーッと動きました。
「何だ? ネズミとかだったら嫌だな」
気になってベッドから起き、折りたたみ式の扉を開けて中を確認しましたが、特に変わった様子はありませんでした。
「気のせいか」
扉を閉めようとしたその時、クローゼットの中に、紙切れのようなものが落ちているのが見えました。
「何だ? ゴミか?」
拾い上げた、その瞬間――
電気をつけっぱなしにしたままのベッドの上で、パッと目が覚めました。
「え……夢か。リアルな夢だったな」
そう思ったのも束の間。
右手には、夢の中で拾ったはずの紙切れが、しっかりと握られていたんです。
「わっ、何だコレ、汚ったねぇ」
確認もせず、ベッドサイドのゴミ箱にクシャクシャに丸めて捨て、電気を消して、改めて眠りにつきました。
2日目の朝が来ました。
昨夜のことも忘れて、1日中、教習漬け。
実車教習は楽しいものの、学科、特に午後の授業は、睡魔との戦いでした。
夜、スマホで友人とやり取りしているうちに、いつの間にか、また電気をつけっぱなしで眠ってしまいました。
そもそも、明かりをつけたまま眠るのは、ここに来てからじゃなく、以前からの私の癖のようなものです。
不思議だったのは、その後です。
昨日とまったく同じ夢を見て、目が覚めると、やっぱり右手に紙切れを握っていました。
「うわっ、まただ、キモッ」
教習の疲れもあって、確認もせずに丸めて、ゴミ箱に投げ込みました。
3日目、4日目と、同じことが繰り返されました。
朝食ギリギリに飛び起きて食堂に駆け込み、教習をこなし、夜には同じ夢を見て、同じ紙切れを丸めて捨てる。
4日目の夜には、さすがに、その紙が何なのか気になり始めました。
でも、ゴミ箱を覗いても、空っぽです。
毎日、清掃スタッフが部屋に入って、ゴミ箱の中身は全部回収されてしまうようでした。
諦めて眠りにつくと、案の定、またあの夢と、右手の紙切れ。
やっぱり来たか、と思いながらよく見てみると――
何が書いてあるかまではわかりません。 でも、どうやら、かなり古い御札のようなものでした。
「何か……気持ち悪いな」
疲れと眠気で冷静な判断もできないまま、その紙も、また丸めて捨ててしまいました。
5日目の夜。
改めて考えると、連日同じ夢を見たあと、御札らしき紙を握って目が覚めるというのは、ただ事ではない気がしてきました。
クローゼットの中に、何か秘密があるんじゃないか。
そう思って、突っ込んであった荷物をベッドに移し、棚の上から床、壁、隅々まで確認しましたが、特に変わった様子はありません。
御札を剥がしたような跡があるかもしれないと、ベッドの下や机の裏まで丁寧に探しましたが、それらしき痕跡は見つかりませんでした。
それでも、5日目の夜も、6日目の夜も、同じ夢を見て、同じ紙切れを右手に握りしめたまま、目が覚めるのでした。
最終日前日、7日目の夜になりました。
連日の疲れに加えて、あの気味の悪さに嫌気が差していました。
「寝なければ夢も見ないし、明日は午前中で教習も終わる。1日くらい平気だろう」
そう思って、その夜は徹夜することにしました。
ベッドの上でスマホをいじりながら時間を潰していると、どこからか、
「カリッ……カリカリッ……」
という音が聞こえてきました。
耳を澄ませると、クローゼットの中からのようです。
近づいて、さらに耳を澄ませると――
折りたたみ式のドアを、内側から爪で引っ掻いているような音でした。
気味は悪かったんですが、徹夜までしているんだから、この音の正体を確かめてやろうと思いました。
意を決して、ガバッと開けてみると――
そこには、何もありませんでした。
「おかしいな。でも、確かにここから音が聞こえたはず」
ドアの内側を引っ掻くような音だったな、とふと思い返し、私はクローゼットの中に入って、折りたたみのドアを閉めてみることにしました。
中は薄暗くて、隙間から差し込む光が逆光になり、目が慣れるまで少し時間がかかりました。
そして、目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景でした。
ドアの内側、ちょうど折りたたまれる蝶番の部分に――
御札が貼ってあったと思われる跡が、上から下まで一列に、並んでいたんです。
「何だこりゃ、気持ち悪ぅ」
体の芯が冷たくなるのを感じながら、足元に目をやったとき――
もっと信じられないものを、見ました。
私の足元で、白装束を着て正座をした女性が、最後に一枚だけ残っていた御札を、長い爪で一心不乱にカリカリと引っ掻いて、剥がそうとしていたのです。
真っ暗なクローゼットの隙間から差し込む、幾筋かの逆光に浮かび上がるその姿は、一目で「この世のものではない」とわかる、悲壮感と重厚感に満ちていました。
その女性は、私の足が邪魔だったのでしょう。
ツヤのない、白髪交じりの乾いた長い髪の間から、血走った目が覗いていました。
その目が、私の足元から顔にかけて――
ゆっくりと、見上げてきました。
私は叫び声を上げながら、クローゼットの外に転がり出ました。
叫んで外に出るまでの、あの数十秒。
あの女性と一緒に、あの狭いクローゼットの中にいたのかと思うと、もうその部屋にはいられませんでした。
すぐに部屋を飛び出し、夜が明けるまで、合宿所の薄暗いロビーで一人、膝を抱えて震えていました。
翌朝、ロビーのソファで眠っているところを、合宿所のスタッフに起こされました。
なぜこんなところで寝ているのかと聞かれて、「実は……」と話しかけた途端、
「あ、もしかして、104号室?」
そう聞き返されました。
「そうです」と答えると、スタッフは、
「あぁ、やっぱりね。でも今日退所日だよね? もう大丈夫だから」
さも当たり前のような口調で、その場を去っていきました。
その後、恐る恐る部屋に戻り、クローゼットの中の荷物を慌てて引っ張り出して、すべての教習を修了してから、私は合宿所を後にしました。
今も、気になっていることがあります。
もし、日程が1日長かったら、あの女性は、最後の一枚も剥がしきっていたんでしょうか。
もし、全部剥がしきっていたら――その後、彼女はどうするつもりだったんでしょうか。
そして、あのクローゼットの中の最後の一枚は、まだ貼られたままなのでしょうか。
もしかして、私の手に握られていたあの御札も、スタッフが回収して、今頃また、元通りに貼り直しているんじゃないでしょうか。
何より――次にあの部屋を使うのは、一体、誰なのでしょうか。


