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生存率|病院の屋上で出会った“不思議な少女”【実話怪談・怖い話】

生存率

埼玉県 大柳俊仁さん(50代・会社員)の不思議な体験談

「ステージ4ですね。5年生存率は、5%ほどです。」

医者は、まるで天気予報でも読み上げるような声でそう言いました。

私が42歳の春、まだ肌寒さの残る診察室でのことです。

このとき私は、自分がこの後どうなるのか、まだ何もわかっていませんでした。ただ、医者の口から出た「5%」という数字だけが、やけに大きく耳の奥に残ったのを覚えています。

正直に言うと、健康診断はずっとサボっていました。忙しさを理由に、のらりくらりとかわし続けていたんです。

それがとうとう去年の冬、上司にこっぴどく叱られて、渋々受けた検診で「異常あり」。再検査、精密検査と進むうちに、話はどんどん大きくなっていきました。

そして下された診断が、胆管ガン。

ステージ4。5年生存率、5%。

「なんで俺が?」

診察室を出てから、ずっとそればかり考えていました。仕事も家庭も順調でした。自分で言うのもなんですが、人には優しくしてきたつもりです。子供が生まれてすぐ、タバコもきっぱりやめました。

それなのに、なぜ。

一体何をしたっていうんだ。5年後に生きている確率が、たったの5%って、どういうことなんだよ。

怒り。悲しみ。恨み。

朝起きてから夜眠るまで、負の感情がとめどなく湧いてきては、心の中を埋め尽くしていきました。

知り合いの勧めで、ガンの治癒率が高いと評判の病院に転院しました。

見舞いに来てくれる家族や同僚の前では、精一杯の作り笑いをして、弱いところは見せないようにしていました。でも、それがまたストレスになる。無理をすればするほど、心はすり減っていく。

そしてとうとう私は、自分から命を絶つことまで考えるようになっていました。

今になって思えば、人間というのは、つくづく不思議な生き物です。

放っておいても5年以内に95%の確率で死ねるというのに、いざ手の届くところに死があると分かると、わざわざそれを自分の手で引き寄せようとする。

当時の私は、それくらい追い詰められていたんだと思います。

そんな考えに囚われているものですから、治療にも身が入りません。精神的なものもあったのでしょう、薬の効果もほとんど感じられず、日に日に病気に飲み込まれていく自分を、他人事のように感じていました。

そんなある日、私はついに、死に場所を探して病院の屋上へと上がって行きました。

どうせ死ぬんだから、と。

ポケットの中から取り出したのは、病院を抜け出して買ってきたタバコ。

10年前――妻が長男を身ごもったときにやめたはずでした。

封を切り、取り出した1本のタバコに火をつけて、ゆっくりと肺いっぱいに煙を吸い込みます。

その瞬間でした。

子供のために必死で禁煙したこと。その後に生まれた娘のこと。入学式や、幼稚園の発表会。断片的な記憶が、次から次へと勝手に溢れてきて、気づけば涙が頬を伝っていました。

「これ、吸い終わったら……逝くか……」

人生最後の感傷に浸っていた、そのときです。

「おじさん。死ぬの?」

すぐ後ろから、声をかけられました。

腰を抜かしそうになりました。

振り返ると、そこにいたのは小学校4、5年生くらいの女の子。上の子とだいたい同じ背格好です。パジャマ姿だったので、この病院に入院している子なんだろうと思いました。

「お嬢ちゃん、ここは子供が来ちゃいけない場所なんだよ。すぐ病室に戻りなさい」

「おじさん、病気? もしかして、ガン?」

こちらの動揺などお構いなしに、面白そうにズケズケと聞いてくる。さすがに少し腹が立ちました。

「おじさん、泣いてんの? 大人なのに? ……ふぅん……」

女の子は、値踏みするようにこちらを見て、続けました。

「あたしはね、最後まで泣かなかったよ。だって、泣いたら周りの人のほうが悲しむでしょ。だから、あたしはガマンしたの」

その言葉が妙に引っかかりました。でも、子供の言うことだからと、そのときは聞き流してしまいました。

「おじさんはなんで泣いてんの? 奥さんのため? 子供のため?」

「……全部だよ」

「うっそー、違うよー」

女の子は、あっさりと言い切りました。

「自分のためでしょ? 自分が可哀想なだけでしょ? だって奥さんも子供も、おじさんに泣いてほしいなんて思ってないでしょ? おじさんが泣いたら、みんな余計に悲しくなるじゃん。だから、おじさんがここで死んだら、きっともっと、今よりずっと悲しくなると思うよ」

胸の奥の、自分でも触れないようにしていた場所に、その言葉が真っすぐ突き刺さりました。

「あと、せっかくやめてたんだから、タバコはもう吸わないほうがいいんじゃない?」

言うだけ言うと、女の子は階下へ続くドアの向こうへ、あっさりと戻っていきました。

「あの子の言うとおりだ……あんな子供に諭されて……俺は一体、何をやってるんだ」

自分を心底恥ずかしく思いました。私は手の中にあったタバコの箱とライターを、そのままゴミ箱に放り込みました。

病室に戻り、枕の下に隠していた遺書を破り捨てながら、少しずつ頭が冷えていきます。

そこでふと、引っかかりました。

私がタバコをやめていたことを、あの子はなぜ知っていたんだろう。

しばらくして、検温に看護師長さんが回ってきました。

さっきの女の子のことが気になって、私は何気なく聞いてみました。

「師長さん、小学4年生くらいの、ピンクの花柄のパジャマを着た、ショートカットの女の子は、何の病気なんですか?」

聞いてから、しまった、と思いました。そんなの個人情報だし、教えてもらえるわけがない。

ところが師長さんは、まるで昨日の天気の話でもするように、ごく自然に話し始めたんです。

「ああ、恩田さんもサオリちゃんに会ったのね」

「……え?」

「サオリちゃん、かれこれ20年以上前にうちに入院してた子でね。とっても強い子だったの。進行性の小児ガンで、相当痛かったはずなんだけど、『泣いたら負け』って言ってね。大人でも音を上げるようなきつい薬を使っても、最期まで、頑張って頑張って、頑張り抜いて。泣き言ひとつ、言わなかったんですよ」

――あの時引っかかっていた「最後まで」という言葉ーー

その言葉で、あの子がどうなったのか、聞かなくても分かってしまいました。

サオリちゃんは入院中、看護師さんの目を盗んでは、たびたび屋上に上がって、空や雲、星を眺めていたそうです。

当時、病院側も安全管理のために屋上を施錠しようという話が出たそうですが、サオリちゃんのことがあって、どうしても閉められなかったのだと、師長さんは言いました。

何より驚いたのは、20年前にこの病院で亡くなった女の子と、私が屋上で交わした会話を、師長さんがまるでよくある日常の一コマのように、当たり前のように聞いてくれたことでした。

あの日を境に、私は弱い考えを捨てて、治療に前向きに取り組むようになりました。

その結果、医者も驚くほどの回復を見せ、数か月後には、無事に退院することができました。

もし、あのままあの屋上で悪い考えに囚われ続けていたら、今の私はいなかったと思います。

考えてみれば、患者が自由に出入りできる屋上のある病院というのは、今どき珍しい方でしょう。それなのに、その病院では屋上から誰かが身を投げたという話は一度もなく、いわゆる「生存率」は、他の病院と比べても際立って高いのだそうです。

もしかしたら、あの日屋上で出会ったサオリちゃんは、亡くなったあと天使になって、今もあの病院の屋上で、病気に負けそうになっている患者たちを、励まし続けているのかもしれません。

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