滋賀県 遠藤幸弘さん(50代・会社員)の恐怖体験談
小学生の頃、たった一週間だけ、クラス中で流行った遊びがありました。「影送り」といいます。
よく晴れた日に、なるべく何もない平らな地面を探して、そこに映った自分の影を十秒ほどじっと見つめる。それからすぐに視線を上げる。ただそれだけの遊びです。うまくいくと、自分の影がそのまま空中に浮かび上がって見える。今思えば、目の残像を利用しただけの、ありふれた現象なんでしょう。
でも、その遊びは一週間で、誰もやらなくなりました。誰かが禁止したわけでも、飽きたわけでもありません。理由は、正直、今でもうまく言葉にできません。
きっかけはよく覚えていないんです。理科の授業で先生が話したのか、国語の教科書に載っていたのか、それとも誰かが本で読んできたのか。誰が最初に言い出したのかも、正直あやふやです。ただ、気がついたときには、クラスのあちこちで「影送り、やってみ」という声が飛び交うようになっていました。とにかく、ある晴れた日の放課後、僕たちはその不思議な現象にすっかり夢中になっていました。
田舎の小さな学校です。ゲームなんてものはまだなくて、面白いことといえば、放課後の校庭で体を動かして遊ぶことくらいしかありませんでした。土のグラウンド、錆びたジャングルジム、それだけの何もない校庭。周りを見渡しても、田んぼと山ばかりの町でしたから、僕たちの遊び道具はいつも、その場にあるものだけでした。そこに、自分の影を空へ飛ばすという、ちょっとした魔法みたいな遊びが舞い込んできたんです。だからこそ余計に、僕たちの心をあっという間につかんだんだと思います。
放課後になるたび、僕たちは示し合わせたように校庭の隅に集まりました。日差しがまだ強く、地面に落ちる影がくっきりと濃い時間帯を選んで、めいめい好きな場所に立つ。変なポーズを取ってみたり、友達数人で横並びになってやってみたり。最初のうちは、なかなか上手くタイミングが合わなくて、誰かの影だけ浮かばなかったり、逆に浮かびすぎて笑い転げたりもしました。それでも、うまくいけば、自分の影の隣に、友達の影も一緒にふわりと空へ浮かびます。それがまた面白くて、目がチカチカするのも構わず、僕たちは飽きることなく何度も何度も繰り返していました。
気づけば、二人、三人と人数を増やして挑戦するのが、ちょっとした遊びの延長になっていました。人数が多いほど難しくて、成功したときの盛り上がりも大きい。誰かが少しでも早く目を動かすと、その一人分の影だけ地面に取り残されてしまう。だから、揃えるにはちょっとしたコツと、みんなの息を合わせる集中力が要りました。そんな空気ができあがっていた頃のことです。
そこへ、Yくんが駆け寄ってきました。
「それ、オレもいっしょにやらせてーや!」
「よっしゃ!やろやろ!」
「5人でできたら新記録やな!」
誰かがそう言って、その場は一気に盛り上がりました。地面に五人分の影を並べて、僕たちはそれぞれ立ち位置を決めます。真ん中に立ったのが、Yくんでした。
誰からともなく、カウントダウンが始まります。
「10、9、8、7・・・」
みんな、笑いながらも目だけは真剣でした。影から視線を逃せば、その瞬間を見逃してしまう。だから誰も喋らず、ただ自分たちの影をじっと見つめていました。風の音も、遠くのセミの声も、なぜだかその瞬間だけは遠のいていたように思います。
「・・・3、2、1・・・今や!!」
一斉に顔を上げた瞬間でした。
僕たちは、そのまま固まってしまいました。
真ん中にいたはずのYくんの影だけが、他の四人の影を置き去りにして、空の彼方へとまっすぐ走り去っていったんです。
見間違いだと思いたかった。でも、隣にいた友達の顔を見れば分かります。誰もが同じものを見ていました。誰かの喉が、ごくりと動く音まで聞こえた気がしました。空を指差そうとした手が、途中で止まっている友達もいました。
しばらくのあいだ、誰も口を開きませんでした。ただ空を見上げたまま、あるいは隣の友達と黙って顔を見合わせるだけ。
校庭は妙に静かでした。少し離れたところで遊んでいたはずの他のクラスの声すら、耳に入ってこなかった気がします。誰かの足元で、土を踏む音が一度だけ小さく鳴りました。それすら、やけにはっきりと耳に残っています。
五人分あったはずの影は、気づけば中央だけがぽっかりと空いていました。Yくん自身も、自分の足元を見下ろしたまま、しばらく動きませんでした。
その重たい沈黙を破ったのは、Yくん自身でした。
「な・・・なんや、おもろいことになったなぁ・・・ははは・・・」
引きつった、不自然な笑い方でした。誰もそれに応える言葉を持っていませんでした。
その日はなんとなく気まずい空気のまま、僕たちはそれぞれ家路につきました。いつもなら学校の話で盛り上がる帰り道も、その日ばかりは、みんな妙に口数が少なかったのを覚えています。並んで歩いていたはずのYくんも、いつの間にか少し後ろを、一人で歩いていました。
とはいえ、子供です。翌日からも、晴れた日の昼休みや登下校の途中には、みんなで立ち止まっては影送りをして遊びました。ただ、Yくんだけは、あれ以来一度もこの遊びに加わろうとはしませんでした。誘っても、笑って首を振るだけ。理由を聞いても、はっきりとは答えませんでした。その様子が少し気にはなりましたが、僕たちもそれ以上は深く聞きませんでした。
それから数日は、いつも通りの日々が続きました。授業を受けて、休み時間に遊んで、下校する。あの日のことは、少しずつ、みんなの記憶の隅に追いやられていったように思います。天気も、あの日ほどには晴れませんでした。曇りがちの空の下では、そもそも影送りをする気にもならなかったのかもしれません。Yくんも、教室では以前と変わらないように見えました。少なくとも、僕にはそう見えていました。
それから一週間ほど経った、ある朝のことです。
いつも通りに教室に入ってきた担任の先生の目は、真っ赤に泣き腫らしていました。声も、いつもと違いました。先生は僕たちに、Yくんが事故で亡くなったことを伝えました。
教室は、しんと静まり返りました。誰かがすすり泣く声だけが、やけに大きく響いていたのを覚えています。何を言われたのか、しばらくは頭に入ってきませんでした。ただ、担任の先生の震えた声だけが、耳の奥に残っています。
あの時の影送りが、何か関係していたのかどうか。それは分かりません。ただ、その日を境に、僕たちの学校で影送りをする子は誰もいなくなりました。誰かが禁止したわけでもないのに、自然と、みんなあの遊びから遠ざかっていったんです。校庭の隅にあった、あの何もない平らな地面も、それきり誰も足を踏み入れなくなりました。
Yくんは、あの日の影のように、本当に空へ昇っていってしまったのでしょうか。
大人になった今でも、たまに考えることがあります。あれは本当に、ただの残像だったのか。それとも、あの瞬間、僕たちは何かとても大事なものを、知らずに目撃してしまったんじゃないか。答えは、今も出せていません。
四十年以上が経った今でも、よく晴れた日に自分の影を見ると、ふとあの校庭の光景がよみがえります。中央だけ空っぽになった五人分の影と、空の彼方へまっすぐ走り去っていったあの影の輪郭が、今でもはっきりと目に焼き付いています。


