神奈川県 増本研二さん(20代・会社員)と彼女の恐怖体験談
3年前の夏のことです。同棲していた彼女のリナと、バイク好きの友人ふたり。いつもの4人でツーリングに出かける予定でした。 ところが、出発直前になって、急に彼女の具合が悪くなったので、彼女が被るはずだった白いヘルメットをホルダーに引っ掛けて、友人たちと出発しました。 あの判断が、あんなことにつながるとは思ってもいませんでした。
リナとは、中学の同級生でした。卒業後は僕が男子校、リナは女子校に進学して、しばらく疎遠になっていたんですが、高1の夏に偶然再会して、そこから付き合うようになりました。高校を出て就職したのをきっかけに、県内のアパートで同棲を始めたんです。
僕たちの部屋は、友人のたまり場みたいになっていました。特に、バイク好きのカズマとシンジロウは、毎週このアパートを起点に一緒にツーリングに出かけるのが習慣でした。
リナは免許を持っていなかったので、いつも白いヘルメットを被って、僕のバイクの後ろに乗ります。4人でのツーリングは、もう恒例行事のようなものでした。
その白いヘルメットは、初めてもらったボーナスで、僕がリナの誕生日にプレゼントしたものでした。彼女はそれを、本当に喜んでくれていました。
とある土曜日の昼過ぎ、カズマとシンジロウがいつも通りアパートに集まって、その日の行き先を相談していました。話し合った結果、2時間ほど走った先にある海まで行こう、ということになり、4人でアパートを出ました。
バイクを停めてある駐輪場まで来たところで、急にリナの顔が青くなりました。
「ちょっとゴメン。トイレ行って来る」
「じゃあ、メット持って待ってるから、部屋出る時、忘れずに鍵かけてね」
そう声をかけて、僕はアパートへ戻っていく彼女の後ろ姿を見送りました。
しばらくすると、リナからLINEが届きました。
「ごめん。やっぱり何か気分悪い。悪いけど、ケンジたちだけで行ってきて・・・」
正直、少し心配ではありました。でも、カズマとシンジロウを長いこと待たせてもいましたし、彼女のヘルメットをわざわざ部屋まで戻す手間も面倒で――僕は、後部座席横のヘルメットホルダーにそれを引っ掛けて、二人にジェスチャーで「行こう」と合図しました。
カズマとシンジロウは、「え? リナちゃんは? いいの?」という顔でこちらを見ていましたが、なんとなく察してくれたのか、そのまま走り出してくれました。僕は、先を行く二人の後ろについて走りました。
2時過ぎに海に着いて、遅い昼食をとったあと、帰る前に少し山道を走ろうという話になりました。
いつもは後ろにリナを乗せているので安全運転を心がけているんですが、今日は久しぶりに一人です。山道はあまりにも気持ちがよくて、僕はリナの体調のことなんてすっかり忘れて、夢中で走り回っていました。
途中、道の駅で休憩を取ったとき、ふいにリナのことが気になり始めました。
「やべぇ・・・ リナ、大丈夫かな?」
連絡してみましたが、既読になりません。
だんだん心配になって、慌てて帰り道につく頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。
そこから15分ほど走ったときです。
短いトンネルの入り口に差し掛かったところで、中学生くらいの制服を着た女の子が、こちらに向かって手を上げているのが見えました。
カズマとシンジロウはそのままトンネルへ入っていきましたが、僕はその子が気になって、バイクを止めました。
「大丈夫? どうしたの?」
女の子は、消え入りそうな声で言いました。
「K駅まで、連れて行ってください」
K駅は、このまま5キロほど走った道沿いの駅です。
僕は一瞬、迷いました。
実は以前、リナのヘルメットを別の女の子に被らせて、後ろに乗せたことがあったんです。彼女は勘がものすごく良くて、あっという間にバレて、猛烈に叱られました。
その記憶が一瞬、頭をよぎりました。でも、「これは人助けだ」と自分に言い聞かせて――正直に言うと、ちょっといい格好をしたい気持ちもあって、僕はホルダーのリナのヘルメットをその子に被らせ、後ろに乗せて走り出しました。
少し走ったところで、僕が来ないのを心配したのか、カズマとシンジロウが道路脇に止まって待っていてくれました。
僕もそこで止まり、事情を説明しようとして――振り返ると、後ろに乗っているはずの女の子がいません。
「うわっ! もしかして、途中で落としたか!?」
慌てて二人に事情を話し、来た道を戻ります。
女の子を乗せたトンネルの出口、その道路脇に、白いヘルメットだけが、こちらを向いてちょこんと置かれていました。
「え? 何だコレ・・・ どうなってんだ?」
道路脇にバイクを止めて、対向車線側へヘルメットを拾いに歩き出したときでした。
ズボンのポケットで、携帯が鳴りました。
リナでした。
歩きながら電話に出た瞬間、彼女が叫びました。
「ダメ!! ケンジ!! 逃げて!!」
ただ事じゃない声でした。
思わず道路の真ん中で足を止めて、ヘルメットに目をやると――
シールドの奥から、二つの目が、じっとこっちを見ていました。
あまりの恐怖に、金縛りにでもあったように、体が固まって動きません。
ヘルメットの下から伸びる影が、ゆらゆらと揺れていました。
――いや、違う――
目を凝らすと、それは影ではありません。
長い髪の毛でした。
真っ黒に波打つ、それ自体が生き物のような髪の毛が、蛇のように左右にうねりながら、扇のように広がって、こちらへ伸びてきたのです。
少し遅れて追いついたカズマとシンジロウも、その光景を目撃していました。
僕がバイクに駆け戻って走り出したのを合図に、3人でいっせいに逃げ出しました。
そこから一度も止まることなく、へとへとになってアパートまでたどり着いたとき、駐輪場でリナが心配そうに立っているのが見えました。
あれが幽霊だったのか、化け物だったのか、僕には今も分かりません。
ただ、またリナのヘルメットを他人に貸して、しかもあんな場所に置いてきてしまったことで――あそこまでボロカスに叱られるとは、正直、思ってもいませんでした。


