東京都 アイさん(20代・接客業)の恐怖体験談
これは、私が以前働いていたお店での出来事です。
前の店を辞めて、この店に移ってから三ヶ月ほど経った頃でした。少しずつ指名もつくようになって、ようやく仕事にも慣れてきた時期です。
常連さんの中には、時々変わったリクエストをしてくる方がいます。
「ねぇアイちゃん。なんか怖い話、聞かせてくれない?」
「アイ」というのは、私の源氏名です。
お客さんとの会話を嫌う娘もいますが、私はどちらかというと話すのが好きなタイプで、それに、盛り上がれば延長にもつながります。だから、そういうリクエストをもらった時は、いくつか持っているネタの中から一つを選んで披露することにしていました。
その日話したのは、同じ業界で働く友人のYちゃんから聞いた話でした。人の体験談を、まるで自分が経験したことのように話すのが、私は結構得意だったんです。
話はこんな内容でした。
夜の12時を回った頃だったかな。3本目のお客さんを見送って、次のお客さんのために準備をしていたの。
サッとシャワーを浴びて、浴室とベッドを片付けて、身だしなみを整えてたら――クンクン。なんだか、少し焦げ臭い。
実はね、4年くらい前だったか、このビルのちょうど隣で火事があったの。同業の女の子も、お客さんも、何人も亡くなった。
その話を思い出して、ちょっと怖くなって、フロントの店長さんに確認したの。でも、
「火事なんかないよ。ダイジョブダイジョブ」
って、それだけ。
それでもう一度鏡の前に座って、ドライヤーで髪を乾かしてたら――電気がパチパチッ!
点いたり消えたりして、そのうちバツン!!と真っ暗になった。
「やだもう、怖い」って思いながら、しばらく座って電気がつくのを待ってたの。そしたら、部屋の出口にある非常灯――あの緑色の光の中に、ぼんやり誰か立ってるのが、鏡越しに見えたのよ。
一瞬、「お客さん?」と思った。でも、そんなはずない。
怖くて、怖くて、振り向けない。
右手にドライヤー、左手にブラシ。髪に通したまま固まってたら、少しずつ目が慣れてきて――その姿が、はっきり見えてきたの。
私達と同じようなベビードールを着て、髪はチリチリに焼け焦げて短く、顔も半分、真っ黒。
その子が、寂しそうな声で、鏡越しに言うの。
「イイナァ……ナガイ……カミ……キレイ……」
手を伸ばして、こっちに向かって来た。私の髪に、触れようとして。
私、持ってたドライヤーとブラシを放り投げて、フロントまで一目散に走った。「助けて――!!」って。
店長さんに事情を説明したら、
「ふふん。アイちゃん、ここんとこ人気だから、ちょっと疲れてんじゃない?」
小馬鹿にしたような顔をされて、正直すごく腹が立った。でも、「とにかく部屋を見に来て」って、二人で確認に戻ったの。その時にはもう電気もついてて、女の子も、いなくなってた。
あとで聞いたんだけど、停電したのは私の部屋だけ。それと、店長さんも、部屋に入った時、確かに焦げ臭いと思ってたんだって。
――ね、怖くない?
この話をすると、どのお客さんも百発百中で怖がって、「萎えちゃう」んです。
その日も、この話で盛り上がりました。お客さんを送り出して、次の準備をしていた、そのときです。
バチバチッ! 部屋の電気が点滅しました。
バチッ!!
停電しました。
「やだこれ、Yちゃんが話してくれたやつだ」
そう思った瞬間、気のせいかもしれませんが、なんとなく焦げ臭いニオイがしてきたんです。
「あーん、怖い話なんて、しなきゃよかった」
そう後悔した、私の耳元で。
「アタシの話……勝手にしないで」
声がしました。
一目散にフロントへ走って、店長さんに助けを求めました。店長さんは、眉一つ動かさず、いつもと同じ調子で言いました。
「あぁ、あの部屋ね。まぁ、危害は加えないから、ダイジョブダイジョブ」
「……ダイジョブダイジョブ、じゃねぇだろう……」
私はその後すぐ、他のお店に移りました。
あとになって分かったんですが、その話をしてくれたYちゃんが以前働いていたのは、実はあの店だったんです。
それ以来、お客さんから怖い話をリクエストされても、
「えー、怖い話なんてないですよー」
と、断るようにしています。
彼女は、あそこに「いた」のではありません。
今も、あそこに「いる」んです。


