埼玉県 横澤美優さん(30代・会社員)の恐怖体験談
今から1年ちょっと前、私は職場の先輩と結婚しました。
盛大な式や披露宴を挙げるつもりはありませんでした。理由は単純です。お腹に、もう赤ちゃんがいたからです。
でも、ただ「おめでとう」だけで終わらせるのも寂しくて。
私たちの新居で、ちょっとしたホームパーティーをすることになったんです。あの日、あの部屋で何が起きるかなんて、もちろん誰も知りませんでした。
きっかけは、職場の同僚の一言でした。
「披露宴の代わりに、お家でパーティーしましょうよ」
「あら、新婚生活のお邪魔かしら?」
「やだ、そんなことないですよぉ」
そんなやり取りがあって、話はとんとん拍子に決まりました。安定期に入って、つわりも少し落ち着いてきた頃です。ちょうどいいタイミングでした。
そして迎えた、パーティー当日。
金曜の夜、集まる予定は10人ほど。定時で上がった人、残業で少し遅れた人。三々五々、新居に人が増えていって、リビングはあっという間に賑やかになりました。
久しぶりに顔を合わせる同僚たち。笑い声。飲み物を注ぐ音。
楽しい夜のはずでした。
ただ、ひとつだけ、ちょっと引っかかることがあったんです。
呼んだのは仲の良い同僚だけのはず。なのに、その輪の中に、Aさんがいました。
3ヶ月ほど前、何の前触れもなく突然辞めた人です。
しかも──様子が、明らかにおかしい。
左手には包帯がぐるぐると巻かれていて、退職前まで長かった髪は、バッサリとショートに切られていました。
みんな、一瞬言葉を止めました。それから、気を取り直したように声をかけます。
「Aさん、久しぶり〜」
「急に辞めちゃって、今何やってるの?」
「いやー、髪、ショートにしたんだね。かわいい。似合ってるぅ」
「ところでその手、どうした? 大丈夫?」
Aさんは、少し困ったように笑いました。
「自転車で転んじゃって…… あ、髪はケガしたら、長いとちょっと大変で……」
なるほど。そういうことか。みんな、そう納得したふりをしました。
でも、本当に聞きたかったことは、誰の口からも出ませんでした。
──で? だれに誘われて来たの?
その質問だけは、誰も口にしなかったんです。
それからのAさんは、ずっとリビングをふらふらと歩き回っていました。
ソファに座ったかと思えば、すぐに立ち上がって棚の脇に寄りかかる。空いたお皿を見つけてはキッチンに運ぶ。誰かの話に加わるでもなく、自分から話しかけるでもなく、ただニコニコと、みんなの会話を聞いている。
その笑顔が、なんだか妙に静かでした。
パーティーはやがてお開きになり、私と彼は片付けを済ませて、その日は普通に眠りにつきました。
翌日は二人とも休みで、朝から掃除と洗濯に追われていました。
お客さんが多かったせいでしょうか。ソファの座面が少しずれて、隙間ができているのに気づきました。
掃除機をかけようと、クッションを持ち上げます。
ポロッと。
小さな、白い布の袋が転がり出てきました。
「これ、何だろう。昨日の誰かの忘れ物かな」
お守りのようにも見えたので、中を見るのは少しためらいました。でも、持ち主が分からない以上、確かめるしかありません。
袋の口を結んでいたヒモを、ほどきました。
パサッ。
乾いた音を立てて、テーブルの上に、小さな白い紙と、人差し指ほどの長さの、何か細長いものが落ちました。小動物の尻尾のような、そんな見た目でした。
「なぁに、これ」
顔を近づけて、目を凝らします。
その瞬間でした。
「ひゃあ!!!」
自分でも驚くくらいの悲鳴が出て、私はその場にへたり込んでしまいました。
よく見ると、それは尻尾なんかじゃありませんでした。
人の爪と、髪の毛を束ねたもの。
爪のカーブに沿わせるように、茶色い髪の毛を巻きつけて、爪ごとヒモでぐるぐると縛り上げ、その上から針が突き立ててあります。
一緒に出てきた白い紙には、「呪」という文字と、見たこともない呪文のようなマークが描かれていました。
誰かが、私たちを呪うために、これを置いていった。それだけは、疑いようがありませんでした。
「なにこれ…… だれがこんな……」
腰が抜けたまま動けず、震えている私のところに、悲鳴を聞いた彼が飛んできました。
「美優ちゃん! どうした?」
震える声で、状況を説明します。
彼は眉をひそめて言いました。
「まったく…… 誰だろうね。こんないたずらするのは」
でも、私が本当にショックだったのは別のことでした。
昨日、あの部屋にいた誰かが、これを作って、こっそり置いていったという事実です。
そして──犯人として思い浮かぶ顔は、ひとつしかありませんでした。
Aさんの、あの左手の包帯。バッサリと切られた髪。すべてが、彼女を指し示しているように思えたんです。
昨日のAさんの動きを、頭の中でもう一度たどってみました。
ソファに座り、棚に寄りかかり、キッチンにも入っていた。あの家の、あちこちを。
「まだ他にもあるかもしれない」
そう思った瞬間、体が勝手に動いていました。
案の定でした。
靴箱の一番上の棚。トイレの棚の奥。キッチンの引き出しの中、トレーの下。
最初のソファの下とあわせて、全部で五つ。同じ、白い布の袋が見つかりました。
ひとつずつ、開けて確認します。
爪の大きさから見て、親指以外の四本の指──人差し指から小指まで、そこから剥がされたもののようでした。
爪には、わずかに肉片と、乾いた血のようなものがこびりついています。
これを作った人は、爪を剥ぐ痛みに耐えながら、一つ一つ、この袋を仕上げていったんだと思います。
そう考えた瞬間、指先が急に冷たくなっていくのが分かりました。
女の直感、というものがあるとしたら、あれがそうだったのかもしれません。
妊娠。結婚の発表。Aさんの突然の退職。そして、この袋。
頭の中で、点と点が勝手につながっていきます。
じっと彼の顔を見ました。
やっぱり、様子がおかしい。目が合わない。
テーブルに並べた袋の前に彼を座らせて、問いただしました。
彼は、あっさりと認めました。
Aさんとの、浮気を。
出産を控えていたこともあり、あの一式は近所で一番大きな神社に持ち込んで、供養とお祓いをしてもらいました。
あの一件があってから、私の手元には、彼に対する強力なカードが残ることになりました。おかげで今では、どんな交渉も、私のほうが有利に進められます。
半年後、予定より少し早く、元気な男の子が生まれました。
産後の私は体調を崩してしまって、思うように動けない日が今も続いています。それでも、彼が色々とやってくれるので、本当に助かっています。
そういえば、ふと思うことがあるんです。
「祝う」という字と、「呪う」という字って──少し、似ていませんか。


