埼玉県 高橋祥平さん(20代・会社員)が、いまだに後悔している体験談
去年の夏のことでした。
友人のヒロキ(仮名)と車を出して、県内で有名な心霊スポットへ遊びに行ったんです。
正直、軽い気持ちでした。
現地に着くと、森の中に細い山道が続いていて、その先に小さな祠と石碑がありました。 2人でその雰囲気を一通り楽しんで、深夜2時過ぎには家に帰りました。
――それだけの話のはずだったんです。
翌日から、おかしなことが続きました。
体調を崩す。 事故に遭う。 仕事でミスが重なる。
私もヒロキも、良くないことが立て続けに起きるようになったんです。
最初は「心霊スポットで呪われたんじゃね?」なんて、2人で冗談を言い合っていました。
でも、そのうち笑えなくなってきました。
偶然と片付けるには、あまりにも不運が続く。 かといって、どうすればいいのかもわからない。
ただ、あの場所に行ったことを後悔するだけの日々を、私たちは過ごしていました。
そんなある日、2人でたまたま立ち寄った沿道のファミレスで、スーツを着た初老の男性に声をかけられました。
「いったいそんなもの、どこで憑けて来たのかね」
呆れたような口調でした。
その人が言うには、得体の知れない真っ黒な怨念のようなものが、渦を巻いて私たち2人に絡みついているというんです。
「実は……」
あの心霊スポットのことを話すと、男性は表情ひとつ変えず、こう言いました。
「2人でできるだけ早く、ここへ来なさい。お金はいいから」
そして、ある神社の名前と住所が書かれた名刺を一枚、テーブルに置いて去っていきました。
次の休日、私たちはその神社を訪ねました。
駐車場の脇に立派な鳥居があって、その先には、頂上が見えないほど長い石段が続いていました。
「随分立派な神社だな……」
そんなことを思いながら、日頃の運動不足を悔やみつつ、ゼイゼイと息を切らせて2人で登っていきました。
やっとの思いで頂上にたどり着く頃には、あたりはもう薄暗くなっていました。
正面の本殿に少し気後れしながら、右手の「社務所」という矢印のほうへ向かうと――
視線の先に、あの人がいました。
ファミレスで出会ったスーツの男性。 いえ、神主さんです。
紫地に白い紋様の入った、見るからに格の高そうな袴姿で。 まるで、今日私たちが来ることをとっくに知っていたかのように、静かに待ち構えていました。
「お入りなさい」
ろくに挨拶もしないうちに、私たちは促されるまま、拝殿の中へと案内されました。
中には、すでに座布団が2つ並べて敷かれていました。
正座すると、すぐにお祓いの儀式が始まりました。
長い儀式でしたが、耳に心地よく、終わる頃には自分の中の何かが洗い流されたような、不思議と晴れやかな気分になっていました。
儀式が終わると、神主さんは座ったままくるりとこちらを向いて、言いました。
「これでもう良いでしょう。今後は、滅多な所に行かぬよう気を付けなさい」
そして、続けました。
「この後、拝殿から出たその瞬間から、絶対に守らなければならないことが2つだけあります」
神主さんの表情が、すっと引き締まりました。
「悪霊の呪いは、口から入ろうとします。だから絶対に、口を開いてはなりません。息が苦しければ、その場で立ち止まって息を整えなさい」
そう言いながら、呪文のようなものが書かれた半紙を小さく折り、私たちに手渡しました。
「これを、唇にギュッと咥えて歩きなさい」
「それからもう一つ」
神主さんの声が、一段低くなりました。
「悪霊は、あなたがたの後ろから付いて来ます。もし途中で振り向けば、悪霊は『まだ自分に未練があるのだ』と思い、もう一度あなたがたに取り憑きます。だから――階段の下の鳥居を抜けるまで、何があっても絶対に、後ろを振り向いてはなりません。わかりましたね」
(なんだ、意外と簡単だな)
そう思った私の心の内を見透かしたように、神主さんの表情がさらに険しくなり、
「良いですね! 何があっても、この2つは忘れてはなりませんよ!!」
肩がすくむほどの剣幕で、念を押されました。
お礼とお詫びを言って、呼吸を整えてから拝殿を出ると、日はすっかり落ちて、あたりは真っ暗になっていました。
ここからは、話すことも、振り返ることも許されません。
拝殿を背にした私たちは、神主さんに背中をポンと叩かれたのを合図に、仄暗い街灯に照らされた石段に向かって、ゆっくりと歩き始めました。
言われたとおり、口には折った半紙を咥え、後ろを振り返らないよう気をつけながら、一段ずつ降りていきます。
ヒロキは、私の何段か先を、まっすぐ前を見据えたまま、無言で歩いていました。
階段を降りながら、私の頭の中は後悔でいっぱいでした。 あんな場所に行ってしまった自分の愚かさ。 神主さんに、随分と迷惑をかけてしまったこと。 後日、改めてお礼に来たほうがいいだろうか――そんなことを考えれば考えるほど、後悔が心の中にあふれてきます。
時折、風に揺れる木々の音に驚いて、思わず振り返りそうになる瞬間もありました。
それでも、ぐっとこらえて、階下の鳥居を目指します。
歩みを進めるたび、初めは小さかった鳥居が、少しずつ大きくなっていきます。 やがて、目の前にそびえ立つように迫ってきました。
もう少しで、着く。
私の少し前を歩くヒロキが、あと数段で鳥居をくぐろうというところで――
遠く、後ろのほうから声がしました。
神主さんの声でした。
「おーい! 2人とも、忘れ物! 忘れ物!」
走って追いかけてくる、その声。
さっきまでのド迫力とは打って変わって、別人のように穏やかな声でした。
「何だろう」
振り返ろうとした、その瞬間。
私は、ハッと我に返りました。
――何があっても絶対に振り向いてはいけないーー
私は心の中でヒロキに向かって「振り向くな!!」と叫びながら、手を振って止めようとしました。
でも、間に合いませんでした。
ヒロキは、振り向いてしまったんです。
咥えていたはずの紙が、地面に落ちました。
口を、ポカンと開けたまま。 薄ら笑いを浮かべて。 何もない宙を、ただぼんやりと見つめていました。
私は慌てて残りの階段を駆け下り、鳥居をくぐり抜けました。
そこで恐る恐る振り返ると――
ヒロキが、階段を登っていくのが見えました。
小躍りでもするみたいに、ふにゃり、ふにゃりと。
「ヒロキ! 帰るぞ、ほら! こっち見ろ! しっかりしろ!」
駆け寄って声をかけても、彼は正気に戻りません。
そうこうしているうちに、心配した本物の神主さんが階段の途中まで降りてきました。 ヒロキの様子を見て、すぐに事情を察したようでした。
「この子はしばらく、うちで預かりましょう。君はもう、家に帰りなさい」
神主さんはヒロキの肩を抱くと、そのまま階段を登り、神社の奥へと消えていきました。
翌日、ヒロキのことが気になって、私は仕事を休み、夜が明けてすぐに神社へ向かいました。
境内では、ヒロキが緑色の袴姿で、早朝から掃除をしていました。
声をかけても、私が誰なのかわかっていない様子でした。
ただ黙々と、一心不乱に、掃除を続けています。
彼は1半年たった今も、あの神社で暮らしています。


