茨城県 金城達也さん(20代・会社員)のもう思い出したくない話
以前住んでいたマンションは、上の階からも、下の階からも、毎日のように男女の言い争う声が聞こえてくる部屋でした。
まさか、その両方に挟まれた場所で、あんなことが起きるとは思っていませんでした。
建物の構造上、下からの音はある程度軽減されるので、多少は我慢もできます。 でも、上からの騒音や怒鳴り声は、ちょっと厳しいものがありました。
事件の前日は土曜日で、仕事は休みでした。
朝っぱらから、上の階から聞こえる言い争いの声で目が覚めました。
せっかくの休日に安眠を妨害されて、正直、機嫌が悪くなった僕は、マンションを管理している不動産屋に電話をして、上の階の住民に注意してもらいました。
事件が起きたのは、その翌日のことです。
日曜、その日も仕事は休みでした。
でも、また朝っぱらから、激しい怒鳴り声が聞こえてきました。
「マジか……今日は下からか……」
寝ていると、下の階の騒音もよく聞こえてくるんです。
2日連続で不動産屋に電話するのは、まるでクレーマーみたいで気が引けて。 少し様子を見ることにしました。
それにしても、と思ったんです。
上の階も下の階も、あんなにしょっちゅう言い争っているのに、不思議と、同じタイミングでケンカが起きることはない。
いつも、上の階か、下の階、どちらか一方だけ。
「同時にされてもたまんないけどな」
そんなことを考えているうちに、いつの間にか、下の言い争いも収まったようでした。
しばらくすると、上の階から音がしました。
バタバタバタバタッ!
全速力で走るような、そんな音でした。
その瞬間、です。
ベランダ側の窓の向こう、視界の端を、何か白っぽいものが、
「ヒュッ」
と音を立てながら、落ちていくのが見えました。
「え……ヒ……人……?」
そう思うか思わないかのうちに、マンションの外から――
ドンッ! ドシャーン!!
交通事故のような、ものすごい音がしました。
音は、すぐ下の階から聞こえました。
恐る恐るベランダに出てみると、上の階から、1本のロープが垂れ下がっているのが見えました。
手すりから身を乗り出すと、ロープの先は、下の階のベランダに続いていました。
窓ガラスは、グチャグチャに割れています。
「何だこりゃ……どうなってんだ……」
さらに身を乗り出そうとして、逆に落ちそうになるばかりで、状況がまったく飲み込めません。
しばらく、ただ呆然としていました。
3分もしないうちに、救急車、消防車、パトカーが、けたたましくサイレンを鳴らしながら、マンションの下に集まってきました。
その後、僕の部屋を訪ねてきた不動産屋から聞いたのが、この話です。
僕の部屋の真上に住む女性と、真下に住む男性は、恋人同士だったそうです。
その朝、2人は別れ話をしていたらしい。
女性は、その腹いせに――
あらかじめ用意しておいた、長さ5メートルほどのロープの一端を、自分の首に巻きつけました。
もう一端は、ベランダの手すりにしっかりと結びつけて。
部屋の一番奥まで戻ると、助走をつけて、ベランダの手すりの向こうへ、身を投げたのです。
放物線を描いて落ちていった彼女は、間もなく、ピンと張ったロープの衝撃を受けました。
首の骨が折れ、人形のように跳ね返り、マンションの壁側へと戻りながら――
真下の男性の部屋、そのベランダの窓ガラスを突き破って、部屋の中へ突っ込みました。
彼女がロープの長さをどこまで計算していたのかは、わかりません。
ただ、その時。
彼女は、部屋の中央で腰を抜かしている男性のほうを向いて、ロープで首を吊られたまま、まるで正座するような姿勢で座っていたそうです。
骨が砕け、通常の何倍にも伸びてしまった首は、膝の上に乗るようにして、不自然な角度で、男性のほうを向いていたといいます。
警察の話では、普通なら落下の衝撃で首がちぎれてもおかしくないところ、彼女が小柄で痩せていたために、かろうじてつながったままだったそうです。
こうして僕の部屋は、ある日突然、事故物件と事故物件に、上下から挟まれることになりました。
家賃を安くしてくれるわけでもないと言われたので、すぐに引っ越しました。
引っ越してからも、時々、夜中にあの音がよみがえります。
ドンッ! ドシャーン!!
そんな気がして、目が覚めることがあるんです。
ちなみに、あまりにも凄惨な事件や事故は、テレビや新聞で詳しく報道されないこともあるらしいです。
――マジ、ふざけんな。
そう思いました。


