東京都 清水誠さん(10代・高校生)の恐怖体験談
これは、僕が小学生だった頃の話です。 両親と僕の3人家族は、毎年、祖父母の住む岡山の田舎に帰省するのが恒例行事でした。 あの夏、大きな木の根元で出会った男の子のことを、僕は今でもよく覚えています。
確か、小学3年生の夏休みのことでした。
父の夏休みに合わせて、その年も家族3人で、1週間ほど祖父母の家に遊びに行くことになりました。
祖父母の家は岡山の山奥にあります。近くにきれいな小川が流れ、水車小屋があるような田舎で、虫や川魚は取り放題。都会育ちの僕にとっては、まるでちょっとしたアトラクションでした。
祖父母の家の斜向かいには、木造の古い大きな小学校がありました。夏休み期間中は、その小学校の生徒はもちろん、その家族や近所のお年寄りまで参加して、毎朝早朝に校庭でラジオ体操が開催されていました。
都会では珍しいこのシステムに、僕も最初は戸惑いました。でも、何回か参加するうちに、よそ者の僕でも次第に慣れてきて、さらに嬉しいことに、参加賞として駄菓子がもらえるので、ちょっとした楽しみでもあったんです。
ラジオ体操3回目のことでした。
その日はいつも参加している生徒が7、8人と、大人が数人、近所のお年寄り5、6人が参加していました。ふと気づくと、校庭の片隅にある大きな木の根元に、ポツンと1人、体育座りでこちらを見ている男の子がいることに気づいたんです。
その子はラジオ体操に参加するでもなく、大木の根元に座ったまま、伏し目がちに膝を抱えていました。
ラジオ体操が終わり、僕もみんなの後ろに並んで参加賞のお菓子を受け取りました。そのまま祖父母の家に帰ろうと正門のほうへ歩いて行く途中、その男の子がまだ、大木の根元に座っているのが見えました。
その時、その子が何となくかわいそうに思えたんです。普段は絶対にそんなことはしないのですが、僕は自分から話しかけてみようと歩み寄り、男の子の足元まで来たところで言いました。
「ぼく・・・ シミズマコト・・・ 東京から来たんだ・・・」
すると男の子は、膝を抱えたまま、一旦不思議そうに僕の顔を見上げました。でもすぐに、満面の笑みを浮かべ、立ち上がってこう言ったんです。
「オレ・・・ ショウジ! 気付いてくれて・・・ ありがとう!」
そう言って立ち上がったショウジ君は、白いタンクトップに紺色の短パンを履いていました。僕より少し背が高かったので、たぶん同い年か、小学4年生くらいかなと思いました。
その後、ショウジ君と一緒に、校庭で遊んだり、森に分け入って虫を捕ったり、近くの小川で水遊びをしたりしました。
翌日もショウジ君は、ラジオ体操には参加せず、大木の木陰で膝を抱えて座っていました。でも、僕がまた声をかけると、嬉しそうに立ち上がり、夕方暗くなる頃まで一緒に遊びました。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていきます。
東京に帰る日のその朝、僕は大変なことに気づきました。
昨日、ショウジ君と遊んでいたとき、寂しさのあまり、明日になったら東京に帰ることを言いそびれていたんです。だから僕は、その日の朝もラジオ体操に参加して、そのときショウジ君に別れを告げられるものと思っていました。
ところが、渋滞を避けるため、朝早めに帰路につこうという話になりました。結局、最後のラジオ体操には参加できなかったんです。
僕はショウジ君に別れを告げることもできず、そのまま車に乗って、祖父母の家を後にしました。
そんな切ない思い出から1年が経ち、小学4年生の夏休みもまた、祖父母の家に行くことになりました。
祖父母に会えるのももちろん楽しみでした。でも僕は、またショウジ君に会えるのではないかという期待と興奮で、出発の前日は眠れなかったのを覚えています。
夕方、祖父母の家に到着すると、挨拶もそこそこに、今年もラジオ体操があることを確認しました。明日の朝、必ず起こしてもらえるよう、祖父母に何度もせがみました。
翌朝、期待と不安を胸に小学校へ行くと――ショウジ君の姿は見当たりませんでした。
沈む気持ちを抑え、ダラダラとラジオ体操を終え、お菓子の列に並んでいるときです。
ふとあの大木のほうを見ると、根元にショウジ君が座っているのが見えました。
僕は嬉しさのあまり、お菓子をかっさらうようにして奪い取ってから、ショウジ君のほうに向かって猛然と駆け寄りました。
ショウジ君の足元まで駆け寄った僕は、逸る気持ちを抑え、装いきれるはずもない平静を装って、問いかけてみました。
「ショウジ君! 僕、マコト。 覚えてる?」
「マコト君! やぁ! 久しぶりだね! もちろん覚えてるよ」
そう言って立ち上がったショウジ君より、僕のほうがずっと背が高くなったことが、何だか誇らしく思えました。
1年ぶりに再会した2人のブランクは、あっという間に埋まりました。帰省中の7日間、僕とショウジ君は、会えなかった時間の埋め合わせをするかのように、毎日暗くなるまで目一杯遊びました。
その年の冬休みのことです。
祖父の具合が少し悪かったこともあり、年が明けたらすぐに、祖父母の家に行こうということになりました。
僕は祖父母に会えるのも楽しみでした。でも、またショウジ君に会えるかもしれないことが、何よりも楽しみで仕方ありませんでした。
夏場ほどの渋滞もなく、スムーズに祖父母の家にたどり着くと、僕はすぐに祖母を捕まえて聞きました。
「ねぇ、おばあちゃん。 ラジオ体操は?」
ラジオ体操は夏休みの間だけのイベントだと聞かされ、僕は少しがっかりしました。
翌日、薄っすらと雪が積もる道を歩き、誰もいない学校の中を覗くと――
あの大木の根元に、膝を抱えて座る人影が見えました。
「ショウジ君だ!!」
校庭を囲むフェンスをグルッと回り、校門から大木の根元まで走っていくと、それは間違いなくショウジ君です。
ただ、その姿に近づくにつれ、次第に違和感が大きくなっていきました。自分でも、だんだんと笑顔が消えていくのを感じました。
ショウジ君のその服装は――あの真夏のラジオ体操のときに彼が着ていた、白いタンクトップに紺色の短パンと、全く同じ服装だったんです。
薄っすらと雪が積もる真冬のこの時期に、どう考えても不釣り合いな服装でした。
「そう言えばショウジ君、去年も、おととしもあの格好だな・・・」
その上、座っているとはいえ、その体つきはずいぶん小さく見えました。初めて出会った2年半前から、全く変わっていないようでした。
改めて思い出すと、初めて出会ったときのショウジ君と、翌年の彼は、背格好が同じで、全く成長していません。
「ショウジ君・・・ ずーっとあのまま、あそこにいるんだ!」
今更ながらそう思った瞬間、何だか急に怖くなりました。走り出していた足を止め、2、3歩後退りしてから踵を返し、僕は一目散に祖父母の家まで走って帰りました。
走って帰る途中、ショウジ君に初めて出会ったときの、彼の言葉を思い出しました。
「気付いてくれてありがとう」
あれは――そういう意味だったのかもしれません。


