東京都 石塚彩さん(20代・会社員)の不思議な体験談
去年の秋、私は妙な夢を見ました。その夢は目が覚めてからも、しばらく頭から離れませんでした。 夢の中身自体は、変わっているといえば変わっている、と言った程度です。 ただ、その夢を見た翌朝、いつもの交差点で信号待ちをしていた私は、同じ光景をもう一度目にすることになったのです。
ーーこれは、夢の中の話ですーー
いつも通り、家から歩いて最寄り駅へ向かっていた時のことです。空気がひんやりして、少し歩くだけで白い息がこぼれるような、秋の朝でした。通い慣れた道、通い慣れた交差点。特別なことなど、何もないはずの朝です。
交差点で信号待ちをしていると、歩道の右側から、電車ごっこの列がやって来ました。
ロープの先頭に立っているのは、いつも私が利用している鉄道会社の制服を着た運転士さん。一番後ろには車掌さんらしき人がいましたが、よく見ると、着ているのは警察官の制服でした。
『電車』は近づいてきて、私の目の前で、ぴたりと停車しました。
警察官の車掌さんが、肩口のマイクを手に取ります。
「各駅停車、○○霊園行きです。次の停車駅は○○病院前、○○病院前です」
○○霊園も、○○病院も、家の近くに実在する施設です。夢の中でそのことに気づいて、少し変な気分になったのを覚えています。
すると、私の両脇から、何人かがロープをくぐって『電車』に乗り込んでいきました。
白いエコバッグを持った女性。 茶色いカバンを、両手で大事そうに抱えたサラリーマン風の男性。 三つ編みの、三歳くらいの女の子と、その手を引く若いお母さん。 イヤホンをつけた若い男性は、ロープを持ち上げて、シルバーカーを押すお婆さんの乗車を手伝っていました。
お婆さんのシルバーカーの車輪が、ガタガタと音を立てます。誰も慌てず、誰も声を荒げず、まるで何度も繰り返してきた乗車のように、整然と乗り込んで行きました。
乗客全員が乗り込むと、運転士が前方を指差しました。
「発車しまーーーーーす!」
警察官の車掌さんが、帽子の奥からチラッと私のほうを見ました。目で、「乗らないの?」と聞いているようでした。
私は目をそらし、一歩あとずさりして、首を左右に振りました。
「ピリリリリーーーーーッ!!」
ホイッスルの音を合図に、六人を乗せた『電車』が、ゆっくりと動き出します。
目の前を曲がるとき、『電車』のロープが私の左腕にズルズルと当たりました。避けるでもなく、私はただ突っ立ったまま、それが過ぎ去っていくのを、ぼんやりと眺めていました。
――そこで、目が覚めました。
そんな夢を見た、翌日のことです。
いつも通り、家を出て、あの交差点で信号待ちをしていました。
ふと視線を上げて、目を疑いました。
夢で見たのと同じ人たちが、同じ場所で、私の前に立って信号待ちをしていたのです。
白いエコバッグの女性。茶色いカバンのサラリーマン風の男性。三つ編みの女の子と、その手を引くお母さん。イヤホンの若い男性。シルバーカーのお婆さん。
「すごい……デジャブ? 正夢って、本当にあるんだ……」
信号はまだ赤のままでした。六人は、夢の中とまったく同じ並び方で、私のすぐ前に立っています。
そのときでした。
右側から、タイヤが路面をこする、耳障りな音がしました。続けて、何かにぶつかる鈍い音。
音のした方を振り向く間もありませんでした。
次の瞬間、暴走した車が、私の立っている場所に向かって突っ込んできました。
恐怖ですくんだ私の左腕を、車体がかすめていきます。そのまま歩道を通り抜け、信号機にぶつかって、ようやく止まりました。
一瞬の出来事でした。
私より少し前で待っていた六人は、私の目の前で、その事故に巻き込まれてしまいました。
近くで交通整理をしていた警察官が、
「ピリリリリーーーーーッ!!」
ホイッスルを鳴らしながら、現場に駆けつけてきます。
暴走した車に跳ね飛ばされ、私の周りで倒れていた人たちは、何人か、かなりの大怪我を負っていたと思います。悲鳴と、遠くから近づいてくるサイレンの音。しばらくの間、その場から動くことができませんでした。
白いエコバッグの女性も、茶色いカバンの男性も、三つ編みの女の子も、若いお母さんも、イヤホンの男性も、シルバーカーのお婆さんも――夢の中で、あの『電車』に乗り込んでいったのと、同じ六人でした。
もし、あの夢の中で、私があの『電車』に乗り込んでいたら。
そう考えると、今でも背筋が凍るような思いがします。


