東京都 福島ゆうみさん(20代・会社員)の恐怖体験談
就職を機に上京し、一人暮らしのマンションで迎えた初めての冬が、もうすぐ終わろうとしていた頃のことでした。
その頃の私は、学生気分などとうに消え失せ、初めての年度末決算を目前に、連日の残業でボロボロになっていました。
その日も終電近くの電車で帰り着き、コンビニで買った夕飯をテーブルに置いたまま、化粧も落とさずベッドに倒れ込みました。
「ちょっとだけ……ちょっとだけ休んだら、お風呂に入ろう」
そう思ったのが最後、私はそのまま眠りに落ちてしまいました。
どれくらい経ったでしょうか。寒さでうっすら目が覚めたその瞬間、身体がまったく動かないことに気付きました。生まれて初めての金縛りでした。
「……これが金縛りか。思ったより息苦しいものなんだな」
怖い。でも同時に、この後どうなるんだろうという妙な好奇心もあって、案外冷静に自分の状態を観察している自分がいました。そのことが、自分でもちょっと意外でした。
2、3分経った頃でしょうか。身体は相変わらず動きません。ですが、閉じたまぶたの奥で、目だけは自由に動くことに気付きました。
目、開けてみようかな。
でも、もし目の前に誰かいたら――。
さすがにそれは怖くて、私はギュッと目を瞑ったまま、息苦しさに耐えることにしました。
しばらくすると、固く閉じているはずのまぶたの奥に、うっすらと光景が広がっていくのを感じました。
最初はモザイクをかけたようにぼやけていたその光景が、少しずつ輪郭を持ち始めたとき、私は今まで経験したことのない、奇妙な感覚に包まれました。
自分が、部屋の天井近くの高い位置から、ベッドの上の自分自身を見下ろしていたのです。
見下ろす先の私は、苦しそうに目を閉じ、身体をまっすぐに硬直させ、仰向けで横たわっています。
なすすべもなく、私はしばらくそこから自分自身を見下ろしていました。
そのとき、ベッドの上の私の右足が、糸で吊られたようにスーッと持ち上がりました。足の裏が天井を向いたところで、ぴたりと止まります。
続いて右手が、指先までピンと伸びたまま、同じようにスーッと上がって止まりました。
私、何してるんだろう。
いつの間にか最初の息苦しさも忘れ、私はただ冷静に、自分自身を観察していました。
そして今度は、頭が動き始めました。上がった手足とは反対の、左側へ。ゆっくりと、一定のペースで。
これ以上回らないというところを越えて、首はさらにねじれていきます。ボキボキと音を立てながら、止まりません。
やめて。怖い。痛い。やめて――。
心の中で何度叫んでも、止まってはくれません。頭はとうとう180度回りきり、真後ろを向いて、枕に顔を埋めた状態でようやく止まりました。
その痛みは、見下ろしている私の首にも伝わってきました。あまりの恐怖と激痛に、私はそこで意識を失いました。
翌朝、カバンに入れっぱなしだったスマホの、遠くから聞こえる目覚まし音で目が覚めました。
昨晩の恐怖がすぐに蘇り、私は思わず自分の首に手を当てました。
「良かった……折れてない」
首が折れていたら目を覚ますはずもないのですが、それくらい、あの夢はリアルでした。
安堵したのもつかの間、首がほとんど動かせないほど、ひどく寝違えていることに気付きました。
出勤すると、同僚のほぼ全員から「大丈夫?」「どうしたの?」と心配される始末。ロボットのようにぎこちない動きで仕事をする私を見かねた上司の勧めで、夕方、少し早めに退社して病院に向かいました。
診断は「軽い頚椎捻挫」。コルセットを勧められましたが、仕事に支障が出そうだったので丁重にお断りし、シップと痛み止めをもらって早々に帰宅しました。
首の痛みのおかげで、というのも妙な話ですが、いつもより早く帰宅できたその夜は、久しぶりにゆっくり夕飯を食べ、お風呂に浸かり、スマホでゲームや動画を楽しみました。不幸中の幸いというやつです。
「最近忙しかったからなぁ。それであんな変な夢見たのかな。しかもめちゃくちゃ寝違えたし……」
疲れも溜まっていたので、その夜は早めに布団に入りました。
そして――同じ夢を、また見てしまったのです。
前の晩とまったく同じ光景。ただ、一つだけ違うことがありました。
首がねじれるように回転していくとき、それが偶然や不調ではなく、誰かが意図的に、私の首をねじ切ろうとしているのだと、直感的に分かってしまったのです。
まるで巨人が私の頭を鷲づかみにして、力任せにねじり切ろうとしているような感覚。夢とは思えないほど、生々しい感触でした。
やめて。怖い。痛い。どうしてこんなことするの――。
必死の叫びは誰にも届かず、私は恐怖と激痛の中でまた意識を失いました。
それから、悪夢は毎晩続きました。
3日目も、4日目も、同じ夢。精神も身体も限界に近づいていた5日目、その日は休日でした。目が覚めたら、この悪夢に決着をつけるために、私はある実験をすることに決めていました。
夢の中で見ていた光景と同じアングルになる場所を、自分の部屋の中で探してみる。そういう実験でした。
高さと角度さえ特定できれば、何か分かるかもしれない。根拠はありません。でも、なぜかそんな気がしたのです。
痛む首をかばいながら、スマホを自撮りモードでかざし、部屋のあちこちを探っていくと――部屋の角にあるウォークインクローゼットの、奥の一番上の棚。そこから見た角度が、夢の光景とぴたりと重なりました。
どうして、こんなところから。
普段は手が届かず、ほとんど使っていなかった棚です。手を伸ばして奥を探ると、指先に何かがコツンと当たりました。
椅子を持ってきて確かめると、ホコリを被った段ボール箱が一つ。以前、母が缶詰や食品を送ってくれたときの箱でした。
荷物が届いたとき、中身は全部出したはず。空っぽのはずでした。
箱を開けた瞬間、私は思わずそれを放り投げてしまいました。
中に入っていたのは、右手と右足を前に突き出し、首だけが180度後ろを向いた人形でした。
金縛りのたびに見ていた、あの姿そのものでした。
それは、私が小さい頃、とても大切にしていた人形でした。上京するときに実家へ置いてきたのを、母が見つけて、一人暮らしの寂しさを紛らわせようとでも思ったのか、荷物と一緒に送ってくれたものです。
我に返った私は、床に転がった人形を拾い上げ、首と手足をそっと元の位置に戻してあげました。
そのとき込み上げてきたのは、怖さでもゾッとする感覚でもなく、涙が出そうなほどの申し訳なさでした。
考えてみれば、あんなに可愛がっていた人形を、あんな不自然な姿勢のまま箱に押し込んでいたなんて、自分でも信じられません。
きっと、仕事に追われて余裕をなくしていた私を見かねて、人形が何かを伝えようとしてくれたのだろう。そんな気がしてなりません。
今、その人形は箱から出して、化粧台の上に座らせています。
それから、あの夢を見ることはなくなりました。もう自分を見失わないよう気をつけながら、今日も忙しい日々を送っています。
皆さんも、大切にしていた人形を、どこかにしまい込んだまま、すっかり忘れてしまってはいませんか。


