千葉県 中島凛さん(30代・主婦)の不思議な体験談
娘がまだ五歳だった頃、県内にある牧場に、二人で遊びに行った時のことです。
その日はよく晴れていて、牧場らしいのどかな匂いと、風の音だけが辺りを包んでいました。
柵の外から、娘が牛に草を差し出していました。牛はゆっくりと首を伸ばし、大きな舌でそれを絡め取ります。何度も繰り返すその仕草に、娘はすっかり夢中になっていました。
そのときです。
どこからともなく、一匹のモンシロチョウが飛んできて、牛の鼻先に、ふわりと留まりました。
(※正しくは、蝶は「一頭、二頭」と数えるのだそうです)
ただ、それだけのことでした。
はずだったんです。
その一匹が、まるで何かの合図だったかのように。
どこからともなく、次から次へと、モンシロチョウが飛んで来ました。
一匹、また一匹。
いえ、そんな悠長な数ではありません。何百、何千という数の白い蝶が、あっという間に押し寄せてきて、牛の体という体を、びっしりと覆い尽くしてしまったのです。
牛の輪郭が、白く塗りつぶされていくように見えました。
私はあまりのことに、身がすくみました。呆気に取られたまま動けずにいる娘を、とっさに抱き上げます。
そのまま、二、三歩、後ろに下がりました。
下がりながらも、目だけは、その光景から離せませんでした。
蝶に覆われた牛の体が、小さく震えているのが見えました。
よく見ると、蝶の一匹一匹から、細く長い口吻のようなものが伸びていて、それが牛の皮膚に、次々と突き刺さっていくのが分かりました。
牛の全身から、一斉に血を吸い始めたのです。
さっきまで真っ白だったはずの羽が、みるみるうちに赤く染まっていきます。
一匹、また一匹。
牛の体を覆う白が、赤に塗り替えられていくのを、私はただ、娘を抱きしめたまま見ているしかありませんでした。
牛が、悲鳴をあげました。
そのまま、崩れ落ちるように倒れました。
その瞬間、それまで牛の体に張り付いていた無数の赤い蝶が、一斉に――音もなく舞い上がりました。
真っ赤に染まった羽の群れは、そのまま風に乗るように、牧場の奥に広がる森へと吸い込まれていき、あっという間に見えなくなってしまいました。


