大切な人形

大切な人形

東京都 大学生 森下浩美(21)(仮名)

私が小学校2年生の時、祖母が病気で亡くなりました。

祖母は初孫だった私をとても可愛がり、大切にしてくれました。私はそんな祖母が大好きでした。

私が生まれてすぐ、祖母は大きな人形を買ってくれました。

フランス人形のようなドレスを着た女の子の人形は、物心ついた時から私の大のお気に入りで、親友のような存在でした。

祖母が亡くなる前日、私はいつものように、大切な人形を持って入院中の祖母のお見舞いに行きました。

祖母は病院のベッドの上で私を抱き寄せ、私が抱いていた人形の頭を優しく撫でながら、

「おばあちゃんは、いつでも浩美ちゃんの味方だよ。ずーっと、あなたのことを見守っているからね。」と優しく微笑んでくれた翌日、容体が急変し、息を引き取りました。

祖母の死は幼かった私にとって、とても大きな衝撃でした。

私は覚えていませんが、母の話によると、その後1ヶ月以上の間、学校に行く時以外は常に、祖母からもらった人形を肌身離さず抱き締めていたそうです。

その後、私も大きくなり、人形で遊ぶことも少なくなってきて、部屋の片隅にちょこんと座っているだけになりましたが、時々ふと目に入った時には、大好きな祖母のことを思い出すきっかけになっていました。

18歳の春。東京の大学に合格して一人暮らしすることを夢見て猛勉強した私は、晴れて一番の志望校に合格しました。

父と、一緒に住んでいた祖父は、女の子の一人暮らしなんて、と猛烈に反対しましたが、ウチの中で最強の母が私に味方してくれたおかげで、東京近郊の1Kのマンションを借りてもらい、憧れの一人暮らしがスタートしました。

古いマンションでしたが、駅近で通学にも便利で、オートロックも付いていたので、不動産屋さんの話では、一人暮らしの女性にも人気の物件だということでした。

間取りはユニットバスと2畳ほどのキッチンと、廊下の奥には6畳のお部屋に、リフォーム前は押し入れだったという、引き戸式の大きなクローゼットが付いていて、初めての一人暮らしには十分すぎる条件が揃っていました。

一人暮らしが始まって半年ほど経ったある日、実家の母から荷物が届きました。

荷物の中にはお米やタオル、レトルト食品などと一緒に、実家に置きっぱなしだった、あの人形が入っていました。

「何よこれ。もう、子供じゃないっつーの。」

久しぶりに見たその人形は、私に置いて行かれたせいなのか、少し寂しげな表情に見えました。

「一人暮らしじゃなくなっちゃうけど、まぁ、いいか。じゃあ、また一緒に暮らそう! あなたの場所は・・・ここね。」

そう言って、テレビ台の隅に、実家にいた時と同じように、ちょこんと座らせてあげました。

それから少し経ったある日のことです。

ゼミ合宿で、関東近郊の湖畔に、2泊3日で行くことになりました。

その時、私は生まれて初めて、男性から「告られる」という経験をしました。

その男性はゼミの2年先輩で、以前からちょっとだけ気になる存在でしたが、友人からかなりの遊び人で何人もの女の子と同時に付き合っているという噂を聞いて、半ば諦め、考えないようにしていた人でした。

そんな彼が、私に付き合ってほしいと言ってきたのです。

内心、他に付き合ってる人が大勢いるんでしょ?と疑りましたが、じっと私の目を見て話す彼の言葉を信じ、彼と付き合うことになりました。

そんな彼が、初めて私の家に遊びに来ることになりました。

前日からリサーチ済みの彼の好物の下ごしらえをして、普段はしないところまで綺麗に掃除して、ほとんど眠れないまま、約束の日を迎えました。

ドアチャイムが鳴って、集合玄関のモニターを確認して、できるだけ平静を装い、オートロックを解錠して彼を招き入れました。

玄関を開けて、部屋の中に招き入れた時の彼の雰囲気から、やっぱりこういうことにも慣れているんだな、という感じがしましたが、もちろんそんなことは言えませんでした。

とりあえずウエルカム・ドリンクでおもてなししていると、彼がふっと表情を曇らせて、テレビ台の片隅を指差して言いました。

「あれ、何? なんかこっち見られてるみたいで、怖くない?」

彼が指差したのは、あの人形でした。

「あ、ごめんね。」

私はそう言って、人形をクローゼットの中の棚の上にしまいました。

しばらく談笑していると、部屋の中から「ゴソゴソ・・・ガタン」と音がしました。

ふと見ると、ちゃんと閉めたはずのクローゼットの引き戸が、少しだけ開いて、その隙間からさっき片付けた人形が倒れた状態で、目から上だけが隙間から見えていました。

そのことは彼もわかっていたようでしたが、何も言わなかったので、私は夕飯を作るためにキッチンに行くついでに、人形を棚の上に座らせて、もう一度クローゼットの扉を閉めました。

しばらくすると、部屋の方から「うわっ!」という声が聞こえたので、キッチンから部屋を覗くと、彼が尻餅をついたような格好で、クローゼットの外に落ちている人形を見ながら、固まっていました。

彼が言うには、部屋でテレビを見ていると、またガタガタと音がしたので、彼の後ろのクローゼットの方を見ると、また人形が倒れ、少し開いたクローゼットの隙間から、こちらを覗いていたのだそうです。

彼は怖くなって、もう一度クローゼットの扉を閉めようとすると、何度閉めても何かが引っかかるような感じで、ちゃんと閉まりません。

彼は思い切って、一度扉を少し開けてから、目一杯力を込めて閉めようとした時、人形の両手が出てきて扉を押さえ、クローゼットから飛び出してきたというのです。

その後、彼は私が丸一日以上かけて準備した手料理を食べることなく、帰ってしまいました。

私は人形に向かって「バカ! あなたのせいで、彼、帰っちゃったじゃん。」と怒りましたが、人形は優しく微笑んだままでした。

私はそれ以上何も言えないまま、またテレビ台の脇に人形をちょこんと座らせました。

その後、大学で彼と会ってもどこかよそよそしく、結局2人の交際も、自然に解消されました。

これは後で聞いた話ですが、やはり彼は複数の女の子と交際していて、女の子同士のトラブルも絶えなかったそうです。

もしかしたら、これは全部、祖母の警告だったのかもしれません。

その人形は、今でも私の部屋の片隅に、ちょこんと座っています。

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