睨み続ける女

東京都 会社員 佐々木雄大(26)(仮名)

私が大学生だった時の話です。

北海道の田舎から、憧れの東京の大学になんとか合格し、都会的で洗練された綺麗系の彼女を作って楽しい大学性生活、いや、大学生生活を夢見ていた私ですが、寂しい春と、虚しい夏と、悲しい秋が過ぎ去って行きました。

ところが、大学1年の冬のことでした。

インストラクターのアルバイトとして住み込みで行ったスキー場で、いざゲレンデに立つと、まるで別人のようにモテまくり、まさに性春、いや、青春を謳歌できることに気付いてしまったのです。

それから毎年、スキーやスノーボードのインストラクターとして、長野県や群馬県、新潟県などのスキー場に、住み込みで2〜3週間ほどアルバイトに行くのが、私の冬休みの恒例行事になりました。

北海道の雪深い田舎町で生まれ育った私にとって、スキーもスノボも自分の身体の一部のようなものです。

どちらも地元のスキー場の検定で1級を持っていましたし、どこのスキー場でも、北海道出身というブランド力で、インストラクターとして即採用してもらえました。

多くの場合、1カ所のスキー場でバイトをすると、翌年も気心の知れた同じスキー場で働く人が多いのですが、ある理由から、私はあえて毎年違うスキー場を選んでいました。

その理由は、あまり自慢できることではないのですが、簡単に言うと、去年のお客さんがまた同じスキー場を訪ねてきて、再会することを防ぐためでした。

当時、私の周りでは「ゲレンデ5割増し」と言う言葉が流行っていました。

要するに、ゲレンデでスキーウェアーを身にまとい、帽子とサングラスで顔を隠せば、男は5割カッコよく、女は5割可愛く見えるのです。

ましてやインストラクターともなると、不安定な足元による「吊り橋効果」も手伝ってか、とにかく自分でも驚くほどモテたのです。

当然、女性の方は、帰ってからも連絡が取り合えるようにと、連絡先の交換を求めてくるのですが、そんな時、私にとってSNSというのは、神が与えたもうた賢者の剣でした。

2度と会いたくなければ、必殺の「アカウント削除攻撃」で、一方的に後腐れのない、短期の恋愛を成就できました。

同じスキー場でバイトをしないのも、スキー場を選ぶとき「日帰りではアクセスしにくいところ」を選んでいたのも、全部このためでした。

そんな鬼畜とも言える大学3年生の冬でした。

毎年恒例のおいしいアルバイトが終わり、いよいよ就職に向けた活動も本格的に始めないといけないなぁ・・・などと呑気に考えながら大学へ向かっていた時のことです。

その日はバイト焼けのサングラス跡を隠すため、曇り空にもかかわらず、スキー用のサングラスをかけて歩いていました。

いつも待たされる4車線の横断歩道で長い信号待ちをしている時、反対側の向かって右端に、じっとこちらを見ている女性と一瞬、目が合いました。

見たことのない女性でしたので、すぐに視線を逸らしたのですが、その女性はまだこちらを見ています。いえ、見ているというよりは睨んでいるといった方がいいような、とても険しい表情でした。

私は色の濃いサングラスをかけてましたので、おそらくその女性からは、私の視線は見えないはずです。

信号待ちをしながら、もう一度その女性をよく見ましたが、眉間にしわを寄せ、どう見ても怒った表情で、じっと私を睨んでいるのです。

私には少しだけ、心当たりがありました。

そうです、アルバイトです。

関係を持つ女性達は、ゲレンデではサングラスやゴーグルをしていますし、それ以外はホテルの薄暗い部屋でゴニョゴニョしているだけなので、それぞれの女性の名前はもちろん、顔まではっきりとは覚えていませんでした。

その女性も、もしかしたらその内の一人かな?と思いました。

「ヤッベェな、こんなところで。何か言われたらどうすっかな・・・」

色々考えを巡らせている内に、信号が青に変わってしまいました。

私はとにかく顔だけはまっすぐ前を向くように意識して、サングラス越しに女性をチラ見していたのですが、横断歩道を半分ほど渡った時、妙な違和感を覚えました。

その女性は肩から足先まで、まるでマネキンのように、まっすぐ前を向いたまま微動だにせず、横断歩道を渡る私の歩く速度に合わせるように、、首から上だけをゆっくりとねじりながら、こちらを睨み続けているのです。

その違和感は、横断歩道を4分の3ほど渡ったところから急激に強くなり、私は「あぁ、これはアレだ、この世のモノじゃないな」と直感しました。

横断歩道を渡り終わった時点で、女性は首だけきっちり90°回転した状態で私を睨み続けています。

私は女性に気付かないふりを続けながら、大回りして女性の横を抜けて後ろに回って歩き続けると、女性の首は180°近く回転しても、まだこちらを睨み続けています。

さらにそのまま女性の真後ろを、できるだけ離れて歩き続け、横目で視界から女性が消える限界に来る少し前、180°以上ねじれた女性の首が私の方へ向かってゴロッとねじ切れ、歩道の上にゴツンと大きな音を立てて落ちたのです。

「わぁーっ!」

腰が抜けた私は、しりもちをついたままそちらを見たのですが、女性の首も身体も消え、周りの歩行者が、ものすごく嫌な目で私を避けながら通り過ぎて行きました。

その年、全く同じ経験を、様々な場所で、週に2度は体験しました。

実は、社会人4年目の今でも、毎年冬になると、年に数回、同じ光景を見ることがあります。

私が犯した過ちが許される日が来るまでは、毎年この光景を見続けることになるのでしょうか。